お見合い仮面夫婦の初夜事情~エリート裁判官は新妻への一途な愛を貫きたい~
「今日、終わったらちゃんと電話しろよ」

「はい」

 この前とは違い、今度は素直にうなずく。頭にあった彼の手のひらはゆっくりと髪をすべって離れた。続けて唇が重ねられる。触れるだけの優しいものだ。

 ひとりになった玄関で、沈みそうになる気持ちを振り払う。

 朝の見送りのキスを初めてされたとき、舞い上がるほどすごくうれしかった。それなのに今、物足りなさを感じるなんて。

 どんどん欲張りになっている。彼と結婚できただけで十分幸せだったはずなのに。

 家事をして気を紛らわせ、昼過ぎに家を出た。時間に余裕をもって待ち合わせ場所に向かう。

 暑すぎず寒すぎないちょうどいい季節だ。青空を見上げながら来月には梅雨入りしていると思うと、この空模様はなかなか貴重かもしれない。

 予想通り私が一番乗りで、文化会館の入口手前付近に到着した。

 けれど萩野先生も川島先生も約束の時間十分前にはきっちり来たので、あまり待たずに彼らと合流する。

「なんだかおふたりの私服姿、新鮮ですね。よくお似合いですよ」

 川島先生がそつなく服装を口にする。

 萩野先生はヌーディーカラーのロングワンピースにスプリングコートを羽織り、いつものはつらつとした印象とは対照的に、落ち着いた大人の女性の雰囲気でまとめている。すごく素敵だ。

 まじまじ見つめていたら、萩野先生は照れた面持ちになった。

「もう、そんなに見ないで。ふたりの若さのパワーを分けてもらいたいのよ。川島先生も、そうして見ると今どきの若者ねー」
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