私を、甘えさせてください
「永田さん」


面談が終わって階下のフロアに降りる手前で、空川さんに呼ばれる。

ビジネス仕様のやわらかい物言いで、相澤さんに話しかけていた。


「相澤さん、永田さんを少しお借りしてもいいですか?」

「もちろんです。私、先に戻りますね」


階段を降りていった相澤さんの姿が見えなくなると、空川さんは少しだけ不機嫌そうな表情に変わった。


「本部長、何かあったんですか?」

「・・・・あいつ、ただの同期か?」

「え?」

「『美月』って呼んだ声に、男の感情が入ってた」


男の感情・・って。

隠すほどのことでもないし、私はあっさり白状した。


「井川・・ですよね? 昔、少し付き合ってました。もう15年も前ですけど」

「・・・・そう。昔の男か」


空川さんは、私に顔を寄せてささやく。


「あいつに、美月は渡さないよ」

「えっ?」


渡さない?

どういうことか尋ねようとした私に、『じゃあ』と手を振って空川さんは階段を降りて行った。


意味の無いことを言うような人じゃないし・・。
井川に、何か感じたんだろうか。


来週予定されている出張が、急に気の重いものになる。

元々は井川の前任者と行くはずのものだったから、久々の関西に、夜は向こうで美味しいものでも食べようと話していた。

< 25 / 102 >

この作品をシェア

pagetop