私を、甘えさせてください
夜、リビングで本を読んでいるとインターホンが鳴った。

宅配便の予定でもあったかと思いつつ、モニタをのぞくと空川さんが立っていた。


「どうしたの?」


ドアを開けて迎え入れると、少し青ざめた顔をしていた。


「常務にさんざん飲まされてさ。そのまま家に帰ろうとしたんだけど、なんだか美月の顔が見たくなって・・・・」

「そう・・なんだ。大丈夫?」

「いやー、大丈夫じゃないな。美月、水もらっていい?」


ドサッ、とリビングのソファにもたれると、だるそうに目を閉じている。


「はい、お水。スーツ、脱がなくて平気?」

「クリーニング出すから、このままでいいよ」


空川さんはそんなにお酒が強くないのに、どうしたんだろう。

いくら常務とはいえ、空川さんなら上手くかわせそうなのに。


「空川さん、何かあった?」

「んー?」

「何か、たくさん飲みたくなる理由でもあったの?」

「・・・・美月に嫌われそうだから、言いたくない」

「じゃあ、今夜は聞かない。ね、それよりベッドで寝たら? 朝、5時に起こすよ」

「それじゃ、寝に来ただけになるって」

「いいじゃない、それでも」


急いでベッドを整える。

空川さんに声を掛けようとして振り返ると、いつの間にか、すぐ後ろに立っていた。

ぎゅっと後ろから抱きしめられると、アルコールの匂いが漂う。


「空川さん?」

「美月」

「ん?」

「・・俺、ずっと一緒にいられるのかな・・」

「えっ」


私を腕の中から解放して、空川さんはベッドに倒れ込んだ。

目元を腕で覆い、その後何も話さないまま、しばらくすると静かな寝息が聞こえてきた。


何があったんだろう・・・・。


出会ってからまだ日の浅い私たちは、まだお互いに知らないことばかりなのだと、改めて思った。


朝起きると、空川さんはもういなかった。

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