私を、甘えさせてください
常務の前では平静を装っていたけれど・・。
まさかの展開に、心ここに在らずだった。


来週まで会わないはずの人。
でも、会いたいと思っていた人。

仕事とはいえ・・ふたりで外出なんて。


エレベーターに乗り1階のボタンを押そうとすると、私より先に、空川さんが地下1階のボタンを押した。


「永田さん、もし嫌じゃなければ、俺の車で行かない?」

「え?」

「戻ってくる必要も無くなったし、今の時間なら空いてるから、電車で行くより早い」

「でも・・・・」

「でも?」

「あ、いえ・・・・」


戸惑った。
嫌なわけじゃなかった。

だけど、私の思考がブレーキをかけた。


「俺、もしかして嫌われてる?」


空川さんが、心配そうに私の顔をのぞき込む。


「あ・・違うんです。家族以外の男性の運転て、実は初めてで。なんだか緊張しちゃって・・」


嘘じゃない。初めてなのは本当。

もっと言えば、空川さんとふたりの空間だということが、更に私を緊張させる。


「そう・・・・なんだ。そんなに運転が下手じゃないと思うけど、どうしようかな。
考えてみたら、俺も身内以外を乗せるのは初めだった」


それを聞いて、奥さんだと思った。

だとしたら余計に、私なんかを乗せて面倒なことになっても困る。


「奥様に怒られちゃいますよ。私、電車で行くので、また現地で」


エレベーターがちょうど1階で止まり、ドアに向かって一歩踏み出すと、後ろから少し慌てたような空川さんの声がした。


「俺、結婚してない」

「え?」

「ごめん、気が付かなくて。俺は良くても永田さんがダメなのか。ご主人に怒られるよね」

「えっ」


それを聞いて、今度は私が慌てた。


「私・・私も結婚してません」

「え?」


そんなやりとりの間にエレベーターの扉が閉まり、結局地下1階まで来てしまった。


「俺たち、何やってるんだろうね」


苦笑いする空川さんを見て、つられて私も微笑んだ。

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