私を、甘えさせてください
『今夜も帰れない。ごめん』と、彼からメッセージが届く。

オフィスでは見かけるものの、特に言葉を交わす機会は無かった。


帰って来ないとはいえ、ここは元々彼の家ではないのだから・・。


そう考えることで気持ちを切り替えようとしたけれど、ふたり分の食事を用意してしまう自分に涙が出る。

もう、彼がいることの方が自然になっていて、こんなに寂しく思うんだ・・・・。


海外勤務希望を出したのは、きっと正解だった。

距離があけば、少しずつ忘れていけるはずだから。


「準備始めようかな・・」


着なくなった洋服や、もう履かない靴から整理することにした。

もし彼に見られたとしても、『断捨離してる』と言えば済むことだ。


オフィスでも、少しずつ引継ぎ資料を作り始める。

人材育成のために手掛けた、いくつものイベントを懐かしく振り返った。

海外でも参考になりそうなものをピックアップし、自分への引継ぎ資料も整えた。


「課長、もしかして会社辞めるんですか?」

「え? どうして?」

「だって、ここ最近、デスク周りやキャビネの資料整理ばかりしてますよね?」

「あー、もうちょっと先なんだけど、セキュリティの監査が入るのよ。
今のうちにデータ化できるものなんかを整理して、なるべく紙を減らしておきたくて」

「そうなんですかー。心配しちゃいました〜」


監査が予定されているのも事実で、嘘ではなかった。

誰にも気づかれないようにしないと、彼の耳にも入ってしまうから・・。

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