私を、甘えさせてください
「永田さん、下の名前は? 常務に見せてもらった資料、写真は付いてたんだけどフルネームが書かれてなくて」

「美月(みづき)です。美しい、月」

「綺麗な名前だね」

「そう・・ですか?」

「うん」



私が覚えていたのは、ここまでで。



「・・・・さん、永田さん。・・・・美月、起きて」


名前を呼ぶ声がして、ゆっくりと瞼を持ち上げた。



しまった!!



すぐ目の前にいた空川さんにも驚いたけれど。

あろうことか・・横浜オフィスに着くまでの間、眠ってしまった自分にショックを受けた。


背中を冷や汗が伝う。


「申し訳ありません・・・・」


俯くしかなかった私に、空川さんは穏やかな声で言った。


「そんなに乗り心地良かった?
俺としては、もう少し寝顔を見ていたいんだけど、そろそろ行かないと怪しまれそうだから」


そう言われて腕時計に視線を落とすと、都心のオフィスを出てから1時間経っていた。


「嘘・・・・もう随分前に着いてましたよね・・」

「そうだな・・20分くらい前、かな」

「起こしてくだされば良かったのに・・・・」

「だって、可愛い顔で寝てたから」


うっ、と言葉に詰まる。

眠ってしまった私が悪いのだし、言い訳をしても無駄だと諦めた。


「行きましょう。ご案内します」


気を取り直して助手席から降りようとした私の右腕を、空川さんがつかむ。


「降りれないでしょ。ちょっと待ってて」


運転席から助手席に回り、私の腕を支えて降ろしてくれた。


今日、タイトスカートにハイヒールじゃなかったら、こういうのも無かったんだよね・・・・。


相澤さんの言葉を、ふと思い出す。

『意識させずに課長を甘えさせるなんて、罪な男性!』


意識はしている。

しているけれど、どれも想定の上を行くのだから、制御しようがないのだ。


「ふふっ」

「ん? どうした?」

「諦めの笑いです。さ、行きましょう」

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