くたびれOL、魔王様の抱き枕を拝命いたしました!?
「直ぐに修理業者を手配します」と返答した管理会社からは修理日についての連絡は来ず、理子と鈴木君の壁越しの会話は続いていた。

 意外な事に、鈴木君は彼女や浮気相手を部屋へ連れ込むことはせず、理子と少々ズレた会話のキャッチボールをしてくれる。

 就寝前の僅か三十分程の会話。
 僅かな時間でも、彼と話せば仕事で疲れた気分は楽になる。
 一人暮らしを始めて以降、仕事関係以外の知り合いと会社の愚痴や日常会話が出来るのは、こんなにも貴重なのだと知った。

「やっぱり余計なお世話だったんですかねぇ。新人さんが可愛くて、私が新入社員の時に困った事を親切心から色々アドバイスしていただけなのに、疎ましく思われたみたいで……」

 今夜も理子は、隣室と繋がる壁の前に座布団を敷いて座る。
 防音シートを貼った壁に向かい、最初は当たり障りの無い日常会話をしていたのに、いつの間にか職場での愚痴を吐き出していた。

 睡眠不足の悩みを解消した理子が煩わされているのは、新入社員として同じ部署に配属された後輩の事だった。
 入社して三年目、初めて指導を任された可愛らしい、小動物っぽいふわゆる系の新卒の後輩。
 可愛い後輩から「面倒見のよい先輩」と慕ってもらえるよう、張り切ってやれたのは最初の二週間だけ。
  彼女の覚えの悪さと、時々見える男性社員に媚を売るような仕草に、少しばかり言葉に棘が混じってしまっても仕方がないと思う。

「まさか陰口をたたかれているとは思わなかったな。でも、仕事を円滑にするためと私の評価にも関わってくるため仕事を覚えてもらわなきゃならないので、陰口は聞かなかったことにして仕事を教えているんですよ」

 今日の昼休み、トイレへ行く途中で目撃してしまったあの光景。
 まさか、勤務時間中の職場の階段前で上司に理子の愚痴を訴えた後輩を上司が抱き締めているだなんて。

 見た瞬間は、あまりの衝撃に頭痛に襲われて倒れそうになった。
 上司はまだ三十歳と若く、見た目もなかなかのイケメンだが、生まれたばかりの乳児のお子さんもいる既婚者だ。

(いくら格好良くても、不倫は駄目でしょう)

 職場恋愛肯定派の理子でも、不倫や浮気は受け入れ難い。
 明日から二人にどんな顔をして接すればいいのかと、気分はどんよりと沈んでいた。
 可愛がっているつもりの後輩に嫌われた事もショックだったが、同時に最近上司に冷たくされていたのはそういうことか、と理解出来た。


「何故、気に食わぬ者に対して我慢する必要がある? 従わぬ者は叩き潰せばよかろう」

 悶々と考えていた理子の思考は、鈴木君の言葉によりスッパリと断ち切られる。

「いや、私の言ったこと分かっている? 仕事を覚えてもらったら会社も助かる私も助かるって」
「くっ、馬鹿な女だ。我は気に食わぬ者は直ぐに消すぞ」

(それって、社会的に? 存在そのものを?)

 果たして彼の言う「消す」とはどちらの意味か。

「け、消すって何を言っているの?」

 今時な大学生の鈴木君は、実はお金持ちか権力者の血縁者なのか。
 庶民の生活を知るために、お忍びで庶民的のマンションに住んでいる設定だったらどうしよう。

 理子の問いに、鈴木君がフンッと鼻を鳴らす音が聞こえた。

「我はお前の隣人だろうが」
「あぁ、確かにお隣さんだったね。あのね、愚痴を聞いてくれてありがとう。少し楽になった、かも」

 いくら落ち込んでいたとはいえ、年下の鈴木君に愚痴を聞いてもらうとは。情けないような恥ずかしい事かもしれない。
 今更ながら、そう思った理子の頬は熱を持つ。壁越しで良かった。今の顔は確認しなくても、きっと真っ赤になっているのはずだから。

「やはり……変わった女だ」

 黙ってしまった理子の耳に、壁の向こう側からクツクツ笑う声が届いた。

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