くたびれOL、魔王様の抱き枕を拝命いたしました!?
 ロゼンゼッタ侯爵令嬢は魔王様の婚約者候補、と周囲が勝手に盛り上がってから約十年。

 城で催される夜会で何度か魔王とお会いする機会もあり、一度は父に連れられて御挨拶をしたが、魔王はベアトリクスを一瞥しただけで声を掛けもしなかった。

 初めて魔王と顔を合わせた時、ベアトリクスは息が止まる思いをしたのを覚えている。
 完璧すぎる美貌もそうだが、刃物の様に鋭く冷たく他者を威圧する強大な魔力に圧倒されたのだ。
 キルビスと一緒の時で良かった。一人だったら、魔王の発する魅了の魔力に飲み込まれていたかもしれない。
 その時に実感した。

(魔王様は、絶対に無理ですわ)

 魔王の強大な魔力を受け入れるのも自殺行為だし、完璧すぎる冷たい美貌は今まで出会った誰よりも美しいと思ったが、正直好みではなかった。
 好みでない相手を受け入れるのは苦痛でしかなく、いくら義務や家の名誉のためとはいえ自分の命を賭けてまで一か八かで子を孕みたくもない。
 そのため、キルビスからの情報はまさしく渡りに船だったのだ。


 何時もと同じく、屋敷の中庭のベンチに並んで座りベアトリクスはキルビスと談笑していた。

「アホ魔王が城へ寵姫を連れ込んだよ」
「まぁ、魔王様が?」

 今までそんな噂話も無く、密かに外見はとても整っているキルビスとの仲を疑っていた魔王が寵姫を囲うとは。
 ベアトリクスは純粋に驚いてしまった。

「嫉妬するかい?」
「嫉妬も何も、わたくしはあくまで婚約者候補。魔王様に認められてもいませんし、魔王様は完璧過ぎて伴侶の対象にはしたく無い方ですわ」

 きっぱり言い切れば、キルビスは嬉しそうに笑った。
 一見すると魔王様へ対する不敬な態度だが、不敬ながらも絶対的な信頼と忠誠心を抱いているのをベアトリクスは知っている。
 そんなキルビスが“寵姫”と認めた方に興味が湧いた。

「魔王様の寵姫様ですか。どんな方なのかしら?」
「意外な程、普通なお嬢さんだったな。可哀想なくらい、くそ魔王に執着されていたけど。まぁ気になるなら会ってみればいい。そうだな、明日にはセッティングをしてあげるよ」

 良いことを思い付いた、とキルビスは愉しそうに笑った。



「初めまして、寵姫様?」

 振り向いた女性は、黒髪に大きな黒曜石の瞳をしたベアトリクスが読んでいる小説のヒロインの挿し絵に何処と無く似ていた。
 今読んでいる小説は、異世界のとある島国の雅な貴族社会を舞台にした、身分差のある恋愛小説だった。

(これは! なんて、可愛らしい方なのかしら!)

 所有印を付けられて魔力まで与えられているとは、彼女は魔王からの寵愛を一身に受けている証拠。
 冷たい美貌の魔王と小動物のように可愛らしい寵姫が並ぶ姿は、魅入ってしまうくらい素敵なんだろう。

(萌えですわ~)

 いつか覗き見てみたいと、ベアトリクスは御二人のいちゃラブシーンを妄想してこっそり口元を緩めるのであった。


 ***


 幼い頃より、魔王妃候補になれるようにと父から期待されてきたベアトリクスは、一般的な教育から魔法学、ダンス、淑女教育と有りとあらゆる教育を受けた。

 子どもらしい遊びは禁止されていたベアトリクスには、特に夢中になる物も無く与えられた課題を淡々とこなす日々。
 退屈な日常では、お城で宰相を務めるキルビスが時折持って来る異世界の珍しい品や、不思議な話を聞くのが楽しみとなっていた。


 中庭のベンチに座って、ベアトリクスの背中の真ん中で切り揃えた髪を弄っていたキルビスは「そうだ」と呟いた。

「可愛い娘との会話に夢中で、此処へ来た目的を忘れてた。ベアトリクス、面白い物をあげよう」

 キルビスがジャケットの内ポケットから取り出したのは、白い紙のブックカバーをかけた本だった。

「これは? 小説、ですか?」

 本を受け取ったベアトリクスは、パラパラとページを捲る。
 細かい文字が印字されている本のページを捲ると、何かの魔法が発動する気配がした。

「異界に行った者から、向こうで若い娘に流行っている小説を送ってもらったんだ。翻訳魔法をかけてあるから君でも読めるよ」

 受け取った本を数ページ捲り、綺麗な挿し絵を見たベアトリクスは瞳を輝かせた。

「素敵……」

 それは、金髪の美しい侯爵令嬢が彼女の婚約者である王子に横恋慕し、恥知らずにも王子に纏わり付くピンク色の髪の男爵令嬢のドレスに紅茶をぶちまけるシーンだった。
< 102 / 153 >

この作品をシェア

pagetop