くたびれOL、魔王様の抱き枕を拝命いたしました!?
「俺の精を、魔力を胎へと受け入れたお前に妃の印を刻んだ。胎へと精を注ぎ続ければ、いずれこの印が真紅へ色付く。真紅へ変わった時にリコを俺の、魔王の妃とする」

 目を細めて嬉しそうにシルヴァリスは笑う。

「魔王の妃って、私は……」

 いくらシルヴァリスが好きだと言っても、まだ妃になることは了承していない。
 妃になるのは逃れられないとしても、覚悟する時間くらい欲しかった。

「ふっ、昨夜はあれ程までに俺を欲し、可愛らしくねだってきただろう?」

 耳元で低く甘い声で囁かれ、理子の全身は羞恥で真っ赤に染まった。
 昨夜は、媚薬でも盛られたのではないかと疑うくらいに自分はおかしかったと思う。
 おかしいくらい発情して、シルヴァリスを欲してしまうだなんて。

「嫌ならば、全力で拒んでみろ」

 耳朶を甘噛みされて力が抜けてしまい、よろめいた理子の体をシルヴァリスの腕が支える。

 艶を含んだ瞳で見下ろす赤い瞳に囚われてしまい、またしても麗しい魔王によって好き放題に蹂躙されてしまうのだった。



 ***



 異世界でお盆休みを過ごし魔王シルヴァリスに「好き」だと自分の想いを伝えたて、彼を受け入れてどろどろに愛されてしまったのは半ば雰囲気に流されたとはいえ、自分もの選択で後悔はしていない。
 
 生まれ育った世界では経験出来ない、濃い異世界での生活は終わり、今日から日常が始まるのだ。

「はぁ……」

 湿度が低い異世界の夏に比べて此方は朝から蒸し暑く、出社するのが嫌になる。
 理子は着替えをする為に、扇風機をセットした姿見の前に立ちため息を吐いた。

 肌触りの良いネグリジェを脱いで下着姿となった自分を見て、恥ずかしくなって頬を赤く染める。
 胸元、腹部、太股の内側に無数散るのは、赤い鬱血の痕。
 所謂、キスマークという赤い吸い痕。
 服で隠せない場所には付けなかったのは、彼なりの配慮だろうか。

 置き時計を見て支度をしなければと、ブラウスを手にとり羽織る。
 下ろしたままでは首が暑いからと、髪は後ろで一纏めに括った。
 後頭部を見るため、後ろへ回した手鏡を姿見に映して鏡越しで確認する。

「よし、大丈夫ね」

 耳の後ろも首の後ろも、キスマークは付けられてはいない。
 今日着ていくブラウスは、釦をきっちり閉めていけば胸元のキスマークは見えない筈だ。
 少々暑いが、膝下丈のスカートと厚めのストッキングを履けば、太股の内側に散る、無数のキスマークも誤魔化せそう。

 色々あったお盆休みから頭を切り替えて、今日からまた仕事を頑張ろう。
 仕事用の黒い肩掛けのバックを持ち、久々にパンプスを履いて気持ちを切り替えた理子は玄関扉を開いた。


 一本早い電車にしたのにお盆休み明けの地下鉄はとても混んでいた。
 扉近くの席の前につり革に掴まって立っていた理子は、下車する人の波に押されてよろけてしまう。

「わっ」

 よろけた理子は、隣に立つ若いサラリーマン風の男性にもたれ掛かった。

「す、すいません」
「いえ大丈夫ですか?」
「はい、ありがとうございます」

 慌てて離れたが、青年は理子の顔をじっと見詰めたまま身動きしない。

「あの?」
「あっ、ああ、すいません」

 弾かれたように、男性は理子から目を逸らす。若干、彼の顔が赤くなっていた気がした。

 何となく気まずくなって前を向くと、前の席に座っていた学生服を着た背の高い男子高校生と目が合う。
 男子高校生が、ハッとしたように肩を揺らして目を見張る。
 微妙なやり取りを見られちゃったか、と思って視線を逸らすと、急に少年は立ちあがった。

「どうぞ」

 どうやらよろけたのを見かねて、席を譲ってくれるらしい。
 職場まであと少しだけだし、座らなくても大丈夫だけれどせっかくの好意を断るのは少年に申し訳ない。
 理子は笑みを少年に向けて、ありがとうございます、と席に座った。

 席に座ってから少し落ち着かなくて、顔を上げてみれば、ばちりと席を替わってくれた少年と目が合う。
 気まずくて、理子は少年にぺこりと頭を下げて俯いた。

 若いのに席を譲ってもらったせいか、周りから視線を感じるような気がする。
 もしかして、席に座りたいお年寄りでも居るのだろうか。
 理子は車内を見渡して、お年寄りがいないと首を傾げた。


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