くたびれOL、魔王様の抱き枕を拝命いたしました!?
「山田さん、お帰りなさい!」
残業を終えて疲労困憊でマンションの部屋まで辿り着いた理子に、お隣の鈴木君がにこやかな笑顔で挨拶をする。
パーカーにジーンズという若者らしい服装の鈴木君は、これから何処かへ出掛けるようだった。
「こんばんは。鈴木君、これからお出掛け?」
「夏休みに向けて金を貯めたくて、昨日から夜から朝までのバイトを始めたんっすよ」
「へぇ、バイト? えっ?」
口に出してから、言葉の意味を理解した理子は驚きのあまりに大きく目を見開いた。
「昨日、から? えっ? じゃあ昨日の夜は? 家に居なかったの?」
動揺したせいで若干声が裏返った理子を、不思議そうに見ながら鈴木君は首を傾げる。
「朝の6時までバイトだったから、家には居なかったっすよ?」
「……誰かが泊まりに来ていたとか、は無い?」
「勝手に入る以外は……いやいや、怖いことを言わないでくださいよ。あ、やべっ、俺そろそろ行きますね」
チラリと腕時計を見た鈴木君は、軽く頭を下げると慌てた様子で走り出す。
「いってらっしゃい」も言えずに、理子は走り去る鈴木君の後ろ姿を呆然としながら見送った。
「……うそ。あの人は、鈴木君じゃ無いの?」
昨夜、壁の向こう側にいて会話をしたのは一体誰なのか。
「じゃあ、あれは誰?」
違和感は最初からあったのだ。
もしかしたら、初めて声を聞いたら時から壁の向こう側の彼は鈴木君では無かったのかもしれない。
「どうしよう」
今夜も“彼”から話し掛けられたらどうしよう。
見知らぬ相手とずっと会話をしていたなんて。
玄関扉の鍵を開けずに今夜はホテルに泊まろうかと、理子は途方に暮れてしまった。
ホテルに宿泊するにしても、明日は仕事に行かなければならない。
疲労困憊で空腹の理子に、明日着る服等の宿泊準備をするなんて無理だった。頭を抱えて悩んだのは五分余り。
何れにせよ、彼と会話をしなければならないのだから、早く終わらせた方が良いに決まっている。
シャワーを浴びて汗を流した理子は、何時もと同じ様にタンスの前に座布団を敷いて、ちょこんと座布団の上に膝を抱えて座った。
キィン!
耳鳴りが響き、理子は緊張での体を固くする。
部屋の空気が変わるのは、彼と繋がる時間が開始する合図。
抱えた両膝に顔を埋め、そっと目蓋を閉じた。
「……女、どうした?」
彼の声が聞こえて、理子は顔を上げた。
タンスの奥、防音シートを貼った壁の先には、鈴木君では無い別人が存在しているのだ。
「今宵は随分と大人しいではないか」
「う、それは……」
訝しげな彼の声に、理子はどう返せば良いのかと返答に困る。
「えーと、貴方は……鈴木君、ではないの?」
勇気を出して言えば、一拍おいてから返事がきた。
「スズキクン、とは何の事だ」
「やっぱり……そうなんだ」
予想していた彼からの答えに、理子は「はぁ」と深く息を吐き出した。
別人だと思って聞けば、彼の声は鈴木君より低く耳に残る声色、やたら色気のある声だった。
隣人の鈴木君と同一人物だと思う方がおかしいくらいに。
「す、すいませんでした!」
膝を抱えた格好から正座に座り直した理子は、土下座をして頭を床に擦り付ける。
「何がだ?」
「私、ずっと貴方の事を隣人の鈴木君と思っていました! 今まで馴れ馴れしく話してごめんなさい!」
勢い良く謝罪をすると、壁の向こうからフッと鼻を鳴らす音が聞こえた。
「何だそんな事か。かまわん。女、貴様の反応が一々可笑しかったため、我も敢えて訂正をしなかった」
「可笑しかったって、気付いたら訂正してよ」
唇を尖らせつつ、理子も早く気付くべきだったと反省する。
見知らぬ相手から愚痴を聞かされるなんて、彼は忍耐強い人なのだろう。
本当に申し訳ない事をしてしまった。
「それで、貴方はどなたなのですか?」
「我か? 我は魔国を統べる王。魔王だ」
「は?」
“魔王”
シレッと言われた言葉の意味を理解し、理子は絶句した。
残業を終えて疲労困憊でマンションの部屋まで辿り着いた理子に、お隣の鈴木君がにこやかな笑顔で挨拶をする。
パーカーにジーンズという若者らしい服装の鈴木君は、これから何処かへ出掛けるようだった。
「こんばんは。鈴木君、これからお出掛け?」
「夏休みに向けて金を貯めたくて、昨日から夜から朝までのバイトを始めたんっすよ」
「へぇ、バイト? えっ?」
口に出してから、言葉の意味を理解した理子は驚きのあまりに大きく目を見開いた。
「昨日、から? えっ? じゃあ昨日の夜は? 家に居なかったの?」
動揺したせいで若干声が裏返った理子を、不思議そうに見ながら鈴木君は首を傾げる。
「朝の6時までバイトだったから、家には居なかったっすよ?」
「……誰かが泊まりに来ていたとか、は無い?」
「勝手に入る以外は……いやいや、怖いことを言わないでくださいよ。あ、やべっ、俺そろそろ行きますね」
チラリと腕時計を見た鈴木君は、軽く頭を下げると慌てた様子で走り出す。
「いってらっしゃい」も言えずに、理子は走り去る鈴木君の後ろ姿を呆然としながら見送った。
「……うそ。あの人は、鈴木君じゃ無いの?」
昨夜、壁の向こう側にいて会話をしたのは一体誰なのか。
「じゃあ、あれは誰?」
違和感は最初からあったのだ。
もしかしたら、初めて声を聞いたら時から壁の向こう側の彼は鈴木君では無かったのかもしれない。
「どうしよう」
今夜も“彼”から話し掛けられたらどうしよう。
見知らぬ相手とずっと会話をしていたなんて。
玄関扉の鍵を開けずに今夜はホテルに泊まろうかと、理子は途方に暮れてしまった。
ホテルに宿泊するにしても、明日は仕事に行かなければならない。
疲労困憊で空腹の理子に、明日着る服等の宿泊準備をするなんて無理だった。頭を抱えて悩んだのは五分余り。
何れにせよ、彼と会話をしなければならないのだから、早く終わらせた方が良いに決まっている。
シャワーを浴びて汗を流した理子は、何時もと同じ様にタンスの前に座布団を敷いて、ちょこんと座布団の上に膝を抱えて座った。
キィン!
耳鳴りが響き、理子は緊張での体を固くする。
部屋の空気が変わるのは、彼と繋がる時間が開始する合図。
抱えた両膝に顔を埋め、そっと目蓋を閉じた。
「……女、どうした?」
彼の声が聞こえて、理子は顔を上げた。
タンスの奥、防音シートを貼った壁の先には、鈴木君では無い別人が存在しているのだ。
「今宵は随分と大人しいではないか」
「う、それは……」
訝しげな彼の声に、理子はどう返せば良いのかと返答に困る。
「えーと、貴方は……鈴木君、ではないの?」
勇気を出して言えば、一拍おいてから返事がきた。
「スズキクン、とは何の事だ」
「やっぱり……そうなんだ」
予想していた彼からの答えに、理子は「はぁ」と深く息を吐き出した。
別人だと思って聞けば、彼の声は鈴木君より低く耳に残る声色、やたら色気のある声だった。
隣人の鈴木君と同一人物だと思う方がおかしいくらいに。
「す、すいませんでした!」
膝を抱えた格好から正座に座り直した理子は、土下座をして頭を床に擦り付ける。
「何がだ?」
「私、ずっと貴方の事を隣人の鈴木君と思っていました! 今まで馴れ馴れしく話してごめんなさい!」
勢い良く謝罪をすると、壁の向こうからフッと鼻を鳴らす音が聞こえた。
「何だそんな事か。かまわん。女、貴様の反応が一々可笑しかったため、我も敢えて訂正をしなかった」
「可笑しかったって、気付いたら訂正してよ」
唇を尖らせつつ、理子も早く気付くべきだったと反省する。
見知らぬ相手から愚痴を聞かされるなんて、彼は忍耐強い人なのだろう。
本当に申し訳ない事をしてしまった。
「それで、貴方はどなたなのですか?」
「我か? 我は魔国を統べる王。魔王だ」
「は?」
“魔王”
シレッと言われた言葉の意味を理解し、理子は絶句した。