くたびれOL、魔王様の抱き枕を拝命いたしました!?
 “人であって人でない”

 衝撃が強すぎて、直ぐには理解出来ずにいた理子は、シルヴァリスの発言を頭の中で何度も復唱する。

「人であって人でない?」

 某アニメの主人公達みたいに、中途半端な存在ということか。
 ずっと人でいたはずなのに、知らない間に人では無くなるなんて、まるで笑えない冗談を言われた気分だ。しかし、冗談ではないことは分かっていた。

「今はそうだ。俺の子を身籠れば、お前は魔族と同じ体となる」

 背中から抱き締めるシルヴァリスは、愛しそうに理子の下腹部を手の平で擦る。
 撫でられても、まだ胎内には子はいないのに。「早く孕め」と言われているようだった。

「子どもが出来たら、魔族になる? 何でその事を言ってくれなかったの?」
「伝えていたら、リコは俺を受け入れたか?」

 問われて、直ぐに答えることは出来ず黙ってしまった。
 いくら好意を持っていても、元の世界と生活、人としての生を捨ててまでしてシルヴァリスとの恋に走れるとは思えない。

「それは……分からない」

 お盆休み前に、魔王シルヴァリスを好きだという気持ちを自覚する前に伝えられたら、受け入れるのは無理だったかも知れない。
 正直に言えば、後ろから抱き締める腕に力がこもる。

「リコを、人の短い寿命なんぞで失うのは惜しい。脆弱な人で無くなれば、お前はずっと俺と共に在れるだろうと思った」

 初めて顔を会わせた時、シルヴァリスは私を「小動物」だと「可愛らしい」と言っていた。
 抱き枕にするくらい気に入ってくれて、共に在りたいと思うくらい愛してくれたのは、今となっては嬉しい。
 嬉しいのに、納得は出来ない。

「私の、意思は、無視なの?」

 一歩間違えば病的な、ストーカーじみた一方的な愛ほど魔王から想われる自分にとって恐ろしいものはない。

「意思など関係無い。傍に在れば良いと思っていたからな。逃げるのならば、捕らえて鎖で繋ぎ、檻に閉じ込めておくだけだ。苦痛と恐怖を与えて、俺に逆らえないと調教していきその真っ直ぐな瞳が濁っていくのを見るのも良かった。だが……」

 拉致監禁未遂という恐い想いを語る魔王に、背中から抱き締められていて良かったと思う。
 顔を合わさないでいるから、事実を知ってショックを受けても彼の考えが恐ろしくとも泣かないでいられる。

「だが、今は、お前に拒絶されるのは耐えられぬ。これが、恐怖という感情なのか」

 シルヴァリスの声のトーンが下がる。
 まさか、普段は自信に満ち溢れている魔王が怖いと感じて弱々しい声を出すとは。

 驚いた理子は腰に回された腕に触れた。

「……嫌いになれたら良かったのに。酷いことをされたのに、私は貴方の事を嫌いになれないなんて」

 自分勝手な考えで人生を変えられたのだから、怒るべきだと怒ってもいいのだと思う。
 怒りとショックを感じているのに、魔王シルヴァリスを嫌いになれないのは、彼と共に在れるのが嬉しく感じている自分もいるからだ。

 軽く手で払えば、理子の腰に回された腕は簡単に外れた。シルヴァリス膝の上から下りて、ゆっくり彼の方を向く。

「っ!」

 ハッと目を見開いてしまった。
 まるで、寂しそうにすがる子犬の様な目をしてシルヴァリスが理子を見上げていたのだ。

「もう人で無くなったのなら、元の世界でずっとは暮らせないよね」
「リコが暮らす世界は、魔力の存在がほぼ消失している世界だ。魔力を宿したお前の存在は、周囲に影響を与える。その一つが魅了の力だ」

 今日の出来事を思い出して、ふぅーと溜め息を吐いた。
 意思とは関係ない魅了なんて、役に立たないし恐怖でしかならない。

「私は、元の世界では生きにくくなっちゃったのね」

 つい自嘲の笑みを浮かべて、理子はシルヴァリスの隣へ座った。

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