くたびれOL、魔王様の抱き枕を拝命いたしました!?
1.二重生活の始まり
仕事用の服への着替えや、何時もは時短でしている化粧を侍女二人に手伝ってもらい野菜と果物いっぱいの健康的な朝食を済ませた理子は、見た目だけは綺麗なキャリアウーマンへと仕上がった。
ここまでしなくてもいいと何度も訴えたが、魔王様の“命令”は絶対らしく「魔国で過ごし、仕事は此処から行く」という命令には、いかに寵姫といえども“従わなければならない”ため、エルザとルーアンも魔王の命に背けないとのことだった。
「魔王様はいらっしゃらないの?」
何時もならば、目覚めて直ぐに抱き締めてくるシルヴァリスの姿をずっと見ておらず、キョロキョロと辺りを見渡した。
「魔王様は、昨夜から城外へ出られていらっしゃいます」
「夕刻にはお戻りになられますわ」
「そうなんだ」
少しだけ寂しい気持ちになりながら、理子は壁に掛けられた大きな楕円形の鏡の縁へ手をかけた。
鏡の表面をじっと見詰めれば、彼方の世界、人気が無い職場の裏手にある物影が見えた。
この楕円形の鏡は二つの世界を繋いでいて、理子だけが転移出来るようにシルヴァリスが魔法で作ったそうだ。
魔王様は、旦那様は万能過ぎやしないか。
「行ってきます」
「「行ってらっしゃいませ」」
振り向いて片手を振ると、エルザとルーアンが揃って頭を下げる。
鏡の表面にそっと触れて、指先が鏡の向こう側へすり抜けたのを確認した理子は一気に全身を鏡の中へと沈めた。
***
昼休憩の社員達で賑わう社員食堂の端のテーブル席に座り、理子と香織は座って談笑していた。
昼時に混雑する食堂も、少し濃いめの味付けの野菜炒め定食も、冗談を言って笑う香織も普段と変わらない。
職場だけを切り取って見れば、何も変わらない。
変わらない日常の中で、ただ理子だけが変わってしまった。
「ねぇ理子。昨日、電車が一時ストップしたって事故があったの知ってる? 理子の使ってるのは○×路線だよね? 大丈夫だった?」
○×路線と聞いて、理子は肩をぴくりと揺らした。昨日の痴漢してきた男性を思い出すと体が震えてくる。
「私が乗った電車は大丈夫だったよ」
震える手を隠して、なるべく理子は平静を装って答える。
「電気系統のトラブルで放電して、男人が一人心臓発作で亡くなったんでしょ? 怖いよね」
「うん……怖いね」
「亡くなった」と聞いて、理子は心臓をぎゅっと掴まれるような感覚がした。
痴漢の男性を襲ったのは強力な静電気だった。そのため電車を止めて、男性は亡くなってしまったのか。
痴漢の男性を攻撃した静電気は、シルヴァリスが施した守りの魔法が発動したものだと聞いた。
間接的とはいえ、自分が男性を死なせてしまったのかもしれない。
胸が苦しくて、溢れそうになる涙を堪えるために下唇をきつく噛んだ。
ぎりっと噛んだ下唇から口内へ鉄錆びの味が広がる。
会話を続けるのが辛くなり、理子は香織から視線を逸らした。
「っ!?」
「どうしたの?」
窓の外を見てハッと驚きの表情を浮かべた理子に、香織は不思議そうな声で問う。
「ううん、何でもない……」
そう、何でもない。見違えだ。
窓の外に黒い闇を纏ったような金髪の女の人がいただなんて、見違いじゃなければ怖すぎる。
全身を闇で覆われた女の人は、理子が驚いて目蓋を瞬かせた間に消えてしまっていた。
終業時刻となり、職場を後にして自宅マンションへ帰ろうとして、それは無理だと思い知った。
自分の意思とは別の強制力が働き、職場を出て人気の無い路地裏へ入ってから私の手が勝手に動いて、世界を繋ぐ役目を果たす小さなコンパクトを開く。
パアァー
コンパクトから放たれた光が眩しくて、理子は目蓋を閉じた。
ここまでしなくてもいいと何度も訴えたが、魔王様の“命令”は絶対らしく「魔国で過ごし、仕事は此処から行く」という命令には、いかに寵姫といえども“従わなければならない”ため、エルザとルーアンも魔王の命に背けないとのことだった。
「魔王様はいらっしゃらないの?」
何時もならば、目覚めて直ぐに抱き締めてくるシルヴァリスの姿をずっと見ておらず、キョロキョロと辺りを見渡した。
「魔王様は、昨夜から城外へ出られていらっしゃいます」
「夕刻にはお戻りになられますわ」
「そうなんだ」
少しだけ寂しい気持ちになりながら、理子は壁に掛けられた大きな楕円形の鏡の縁へ手をかけた。
鏡の表面をじっと見詰めれば、彼方の世界、人気が無い職場の裏手にある物影が見えた。
この楕円形の鏡は二つの世界を繋いでいて、理子だけが転移出来るようにシルヴァリスが魔法で作ったそうだ。
魔王様は、旦那様は万能過ぎやしないか。
「行ってきます」
「「行ってらっしゃいませ」」
振り向いて片手を振ると、エルザとルーアンが揃って頭を下げる。
鏡の表面にそっと触れて、指先が鏡の向こう側へすり抜けたのを確認した理子は一気に全身を鏡の中へと沈めた。
***
昼休憩の社員達で賑わう社員食堂の端のテーブル席に座り、理子と香織は座って談笑していた。
昼時に混雑する食堂も、少し濃いめの味付けの野菜炒め定食も、冗談を言って笑う香織も普段と変わらない。
職場だけを切り取って見れば、何も変わらない。
変わらない日常の中で、ただ理子だけが変わってしまった。
「ねぇ理子。昨日、電車が一時ストップしたって事故があったの知ってる? 理子の使ってるのは○×路線だよね? 大丈夫だった?」
○×路線と聞いて、理子は肩をぴくりと揺らした。昨日の痴漢してきた男性を思い出すと体が震えてくる。
「私が乗った電車は大丈夫だったよ」
震える手を隠して、なるべく理子は平静を装って答える。
「電気系統のトラブルで放電して、男人が一人心臓発作で亡くなったんでしょ? 怖いよね」
「うん……怖いね」
「亡くなった」と聞いて、理子は心臓をぎゅっと掴まれるような感覚がした。
痴漢の男性を襲ったのは強力な静電気だった。そのため電車を止めて、男性は亡くなってしまったのか。
痴漢の男性を攻撃した静電気は、シルヴァリスが施した守りの魔法が発動したものだと聞いた。
間接的とはいえ、自分が男性を死なせてしまったのかもしれない。
胸が苦しくて、溢れそうになる涙を堪えるために下唇をきつく噛んだ。
ぎりっと噛んだ下唇から口内へ鉄錆びの味が広がる。
会話を続けるのが辛くなり、理子は香織から視線を逸らした。
「っ!?」
「どうしたの?」
窓の外を見てハッと驚きの表情を浮かべた理子に、香織は不思議そうな声で問う。
「ううん、何でもない……」
そう、何でもない。見違えだ。
窓の外に黒い闇を纏ったような金髪の女の人がいただなんて、見違いじゃなければ怖すぎる。
全身を闇で覆われた女の人は、理子が驚いて目蓋を瞬かせた間に消えてしまっていた。
終業時刻となり、職場を後にして自宅マンションへ帰ろうとして、それは無理だと思い知った。
自分の意思とは別の強制力が働き、職場を出て人気の無い路地裏へ入ってから私の手が勝手に動いて、世界を繋ぐ役目を果たす小さなコンパクトを開く。
パアァー
コンパクトから放たれた光が眩しくて、理子は目蓋を閉じた。