くたびれOL、魔王様の抱き枕を拝命いたしました!?
実家へ向かう電車の中、理子は対面式の座席に座り窓枠に肘をかけて微睡んでいた。
電車の振動が心地良くて、一瞬だけ意識が遠退く。
がくりっ、
首が大きく動いて沈みかけた理子の意識が浮上する。
うっつらしていたのを他の人に見られたかな、と恥ずかしい気持ちで顔を上げれば、電車扉の前のスペースに立つ白銀の甲冑姿の少年と目が合った。
「また会ったね」
つい、気安い台詞が口をついて出た。
電車内で甲冑を身に付けて腰に剣を挿す男とか、コスプレイヤーを飛び越えて不審者、変質者にしか見えない。
けれど、彼は見覚えのある少年だったから理子はニコリと笑みを向けた。
先日、更衣室で会話した少年は、理子から視線を逸らして頭をがしがし掻く。
「……あー、俺また白昼夢見てるのかよ」
「白昼夢かぁ、じゃあ私も寝ちゃったのかな」
さっきからうっつらしていて、何回か寝かけていたからついに寝入ったのかも。
ゆっくりと立ち上がり、理子は少年の側へと歩み寄る。
「で、何でそんな格好しているの? コスプレ?」
白銀の甲冑と剣を装備していると、少年はファンタジー世界の騎士様に見える。
「これから俺、命がけで戦いに行かなきゃならないんだよ」
目前の理子を飛び越えて、何処か遠い目をしながら少年は答える。
「戦い? 撮影とか? 危ない事じゃないよね」
コスプレイヤーの撮影会だったらいいな、と思いながら理子は彼へ問う。
ははっと乾いた笑い声を出してから、少年は苦笑いを浮かべた。
「俺、お姫様の呪いを解くために、悪い魔物に戦いを挑みに行くんだ」
彼の声色は真剣で、冗談には聞こえなかった。
やはり危ない事をしに行くのか。ぶるり、と理子は体を揺らした。
先程まで座っていた席へ戻った理子は、トートバッグから紙袋を取り出した。
「これ、あげる」
少年の前まで行って、ぐいっと彼の胸元へ紙袋を押し付けた。
何の紙袋か気付いたらしい少年の目が、ハッと大きく見開かれる。
「マルキンのバターどら焼!」
地元の有名お菓子店の名物に、少年の瞳はキラキラ輝いた。
和菓子が苦手な人以外は一度は食べたことがある、老舗の昔から変わらない美味しいバターどら焼。
嬉しそうに笑う少年に、理子はどこか切ない気分になった。
「ねぇ、逃げちゃえば?」
少年は「は?」と、口をポカンと開ける。
「戦うのが嫌なら、止めて逃げちゃえば?」
日本人のまだ未成年の彼に、お姫様の呪いを解く義務など無いはずだ。
少年は暫く無言になり、ゆっくりと首を振った。
「それは出来ない。俺は、必要とされているから」
きっぱり言い切った、少年の瞳に強い光が宿る。その表情は、少年では無く一人の騎士のそのものだった。
「そっか……ねぇ、君の名前は? 私は山田理子。名前、教えて?」
「えっと、俺は、ショーマ、じゃなかった萩野翔真」
「萩野翔真君か」
名前を呼べば、彼は弾かれたように理子の顔を見詰めた。
異世界の住人は日本語の発音が難しく、理子の名も少しイントネーションが違うのだ。
もしかして、翔真と日本語読みで呼ばれたのは久し振りなのかも知れない。
「理子さん、また会える?」
うん、と頷けば、翔真はくしゃりと表情を崩して今にも泣きそうな顔になる。
「翔真君が生きていてくれたら、また会えるよ? 翔真君は役目が終わったら帰れるんでしょ?」
ぐっと唇を結んで涙を堪える翔真の肩が揺らぐ。
泣きべそな表情のまま、徐々に翔真の姿が薄くなっていった。
彼の唇が動いて何かを言った瞬間、空気に溶けるように消えてしまった。
電車の振動が心地良くて、一瞬だけ意識が遠退く。
がくりっ、
首が大きく動いて沈みかけた理子の意識が浮上する。
うっつらしていたのを他の人に見られたかな、と恥ずかしい気持ちで顔を上げれば、電車扉の前のスペースに立つ白銀の甲冑姿の少年と目が合った。
「また会ったね」
つい、気安い台詞が口をついて出た。
電車内で甲冑を身に付けて腰に剣を挿す男とか、コスプレイヤーを飛び越えて不審者、変質者にしか見えない。
けれど、彼は見覚えのある少年だったから理子はニコリと笑みを向けた。
先日、更衣室で会話した少年は、理子から視線を逸らして頭をがしがし掻く。
「……あー、俺また白昼夢見てるのかよ」
「白昼夢かぁ、じゃあ私も寝ちゃったのかな」
さっきからうっつらしていて、何回か寝かけていたからついに寝入ったのかも。
ゆっくりと立ち上がり、理子は少年の側へと歩み寄る。
「で、何でそんな格好しているの? コスプレ?」
白銀の甲冑と剣を装備していると、少年はファンタジー世界の騎士様に見える。
「これから俺、命がけで戦いに行かなきゃならないんだよ」
目前の理子を飛び越えて、何処か遠い目をしながら少年は答える。
「戦い? 撮影とか? 危ない事じゃないよね」
コスプレイヤーの撮影会だったらいいな、と思いながら理子は彼へ問う。
ははっと乾いた笑い声を出してから、少年は苦笑いを浮かべた。
「俺、お姫様の呪いを解くために、悪い魔物に戦いを挑みに行くんだ」
彼の声色は真剣で、冗談には聞こえなかった。
やはり危ない事をしに行くのか。ぶるり、と理子は体を揺らした。
先程まで座っていた席へ戻った理子は、トートバッグから紙袋を取り出した。
「これ、あげる」
少年の前まで行って、ぐいっと彼の胸元へ紙袋を押し付けた。
何の紙袋か気付いたらしい少年の目が、ハッと大きく見開かれる。
「マルキンのバターどら焼!」
地元の有名お菓子店の名物に、少年の瞳はキラキラ輝いた。
和菓子が苦手な人以外は一度は食べたことがある、老舗の昔から変わらない美味しいバターどら焼。
嬉しそうに笑う少年に、理子はどこか切ない気分になった。
「ねぇ、逃げちゃえば?」
少年は「は?」と、口をポカンと開ける。
「戦うのが嫌なら、止めて逃げちゃえば?」
日本人のまだ未成年の彼に、お姫様の呪いを解く義務など無いはずだ。
少年は暫く無言になり、ゆっくりと首を振った。
「それは出来ない。俺は、必要とされているから」
きっぱり言い切った、少年の瞳に強い光が宿る。その表情は、少年では無く一人の騎士のそのものだった。
「そっか……ねぇ、君の名前は? 私は山田理子。名前、教えて?」
「えっと、俺は、ショーマ、じゃなかった萩野翔真」
「萩野翔真君か」
名前を呼べば、彼は弾かれたように理子の顔を見詰めた。
異世界の住人は日本語の発音が難しく、理子の名も少しイントネーションが違うのだ。
もしかして、翔真と日本語読みで呼ばれたのは久し振りなのかも知れない。
「理子さん、また会える?」
うん、と頷けば、翔真はくしゃりと表情を崩して今にも泣きそうな顔になる。
「翔真君が生きていてくれたら、また会えるよ? 翔真君は役目が終わったら帰れるんでしょ?」
ぐっと唇を結んで涙を堪える翔真の肩が揺らぐ。
泣きべそな表情のまま、徐々に翔真の姿が薄くなっていった。
彼の唇が動いて何かを言った瞬間、空気に溶けるように消えてしまった。