くたびれOL、魔王様の抱き枕を拝命いたしました!?
2.私と魔王と時々勇者
「火急の用がある」とやって来た魔王の従者に連れられて、大陸諸国会議の間魔王が滞在している神殿を訪れたアネイル国宰相は、強張った表情で魔王の待つ部屋へと足を踏み入れた。
豪奢な椅子に足を組んで座する魔王は、在位年数からみたら信じられないくらい自分よりも若く美しい外見をしている。
しかし、その身に纏う他者を圧倒する雰囲気と魔力に、宰相はごくりっと喉をならした。
恭しく頭を垂れて挨拶をする宰相に、魔王は椅子へ座るように指示する。
「安心するがいい。この空間は閉じてある。我と同等以上の魔力の持ち主以外は遠視も盗聴も出来ぬ。今宵、宰相殿を呼んだのはじっくりと話をしたかったためだ」
静かな口調で用件を告げる魔王に、宰相は内心で安堵の息を吐いた。
行方知れずだった自国の第三王子が秘密裏に国へ戻ってきたのは、魔王の力が働いたためだとテオドール本人から聞いていた宰相は意を決して口を開く。
「魔王陛下、無礼を承知で御聞きします。アネイル国王が病に臥せったのは、魔王陛下がサーシャリア王女に呪いをかけた事が原因だと第二王子、マクシリアン殿下が仰っていたのですが……それは真なのですか?」
「王女に呪い、だと?」
ピクリと魔王の片眉が器用に上がる。
「あの王女は、我に魅了魔法をかけようとしたため魔力を封じただけだ。だが、我が怒りに任せて国王と王子を滅した方が、宰相殿には都合が良かったようだな」
「いえ、それは……」
クツクツ肩を震わせて笑う魔王とは逆に、顔色を悪くした宰相は口ごもってしまった。
「臣下の声に耳を傾けず国へ禍を招き入れようとする王子、王女の魅了魔法により傀儡と化す王など不要。であろう」
「それは……」
頷く訳にはいかずに、宰相は膝の上に乗せたままの両手をきつく握りしめた。
「大陸中の王が集うこの会議に、王族が参加しておらぬのはアネイルだけだ。反感を持たれても仕方あるまい。しかも議題は、緊張した情勢の打開策。召集依頼を無視し、暗黒時代の禁術を復活させてまでアネイルが隣国との戦を企てている事は、明白だ。これ以上は看過出来ぬ」
頬杖をつくは姿は一見、気怠そうに見えるが魔王を取り巻く空気や魔力が鋭く研ぎ澄まされていくのが分かり、宰相は「ひっ」と短い悲鳴を上げた。
ビシリッ
室内に張られている結界壁がギシギシ軋む。
「ま、魔王陛下、戦を望んでいるのは、ごく一部の者だけです」
これ以上、体を傾けたら引っくり返るのではないかというくらい、宰相は無意識に上半身を引いてしまっていた。
宰相の白髪混じりの髪の生え際から、目尻を通り顎先へと汗が流れ落ちる。
「宰相、自国の行く末を憂いているのならば、話は簡単だ」
ニヤリと口の端を吊り上げた魔王は、圧から宰相を解放する。
「王の首をすげ替えればよいだけだ。テオドール王子は既に動いているのであろう?」
圧力から解放されたとて、宰相は緊張を緩めることはできなかった。
自分を呼びつけた魔王の言動の意図するものが、十分すぎる程分かっていたからだ。
おそらく、魔王も自分がまだ決断を下せないのは見透かしている。
その上で、決断をするように迫っているのだ。
アネイル国の宰相は、先代国王から現国王と二代続けて王に仕えていた。
王子達は孫のような存在。
特に第二王子マクシリアンは、幼き頃から覇気に満ちており、彼は更に国を繁栄させてくれるものだと期待していた。
何故、禁術に手を染める愚かな真似を始めてしまったのか。
王が道を誤りだしたのを正すのも、臣下の役目。
宰相はギリッと奥歯を噛み締めた。
「魔王陛下、マクシリアン殿下は何れ仕掛ける戦のために半年前に異界より勇者を召喚しております。勇者は、我が国に伝わる聖剣を抜くことが出来ました。杞憂かも知れませぬが……お気を付けください」
肩を震わせながら頭を下げて言う宰相の様子に、魔王は愉しそうに目を細めた。
「ほぅ……マクシリアン王子も考えたのだな。果たして勇者とやらはどの程度楽しませてくれるのか。宰相殿、伝達魔法で伝えよ。“魔王が禁術を使用した事に怒り、アネイルを焼き払うつもりだ”とでもな」
「ははぁっ」
足元をふらつかせながら立ち上がった宰相は、魔王に向かって最上の敬意を払う臣下の礼をとった。
「魔王様、良ろしいのですか?」
危うい足取りで部屋を後にする宰相の後ろ姿を見送った従者は、遠慮がちに魔王へ問う。
「勇者か? 会議中の退屈しのぎにはなるだろう」
くくっ、シルヴァリスは魔王の表情を崩さないまま嗤う。
宰相の報告により、マクシリアン王子が魔王の挑発に乗れば必ずや勇者が動くだろう。
他の者ならばいざ知らず。人族の王にとっては、魔王が動くとなったら国の存続を脅かす程の脅威となる。
魅了の魔力を持つ王女という駒を失った、愚かな王子は必ず勇者をけしかけてくる筈だ。
「茶番は早々に終わらすだけだ。あれが里帰りとやらから戻る前にな」
下らぬ会議、これから繰り広げられるだろう茶番は早々に終幕させる。
「……リコ」
数日もの間、抱く事が出来ない寵愛する女の名を舌の上に乗せた。
豪奢な椅子に足を組んで座する魔王は、在位年数からみたら信じられないくらい自分よりも若く美しい外見をしている。
しかし、その身に纏う他者を圧倒する雰囲気と魔力に、宰相はごくりっと喉をならした。
恭しく頭を垂れて挨拶をする宰相に、魔王は椅子へ座るように指示する。
「安心するがいい。この空間は閉じてある。我と同等以上の魔力の持ち主以外は遠視も盗聴も出来ぬ。今宵、宰相殿を呼んだのはじっくりと話をしたかったためだ」
静かな口調で用件を告げる魔王に、宰相は内心で安堵の息を吐いた。
行方知れずだった自国の第三王子が秘密裏に国へ戻ってきたのは、魔王の力が働いたためだとテオドール本人から聞いていた宰相は意を決して口を開く。
「魔王陛下、無礼を承知で御聞きします。アネイル国王が病に臥せったのは、魔王陛下がサーシャリア王女に呪いをかけた事が原因だと第二王子、マクシリアン殿下が仰っていたのですが……それは真なのですか?」
「王女に呪い、だと?」
ピクリと魔王の片眉が器用に上がる。
「あの王女は、我に魅了魔法をかけようとしたため魔力を封じただけだ。だが、我が怒りに任せて国王と王子を滅した方が、宰相殿には都合が良かったようだな」
「いえ、それは……」
クツクツ肩を震わせて笑う魔王とは逆に、顔色を悪くした宰相は口ごもってしまった。
「臣下の声に耳を傾けず国へ禍を招き入れようとする王子、王女の魅了魔法により傀儡と化す王など不要。であろう」
「それは……」
頷く訳にはいかずに、宰相は膝の上に乗せたままの両手をきつく握りしめた。
「大陸中の王が集うこの会議に、王族が参加しておらぬのはアネイルだけだ。反感を持たれても仕方あるまい。しかも議題は、緊張した情勢の打開策。召集依頼を無視し、暗黒時代の禁術を復活させてまでアネイルが隣国との戦を企てている事は、明白だ。これ以上は看過出来ぬ」
頬杖をつくは姿は一見、気怠そうに見えるが魔王を取り巻く空気や魔力が鋭く研ぎ澄まされていくのが分かり、宰相は「ひっ」と短い悲鳴を上げた。
ビシリッ
室内に張られている結界壁がギシギシ軋む。
「ま、魔王陛下、戦を望んでいるのは、ごく一部の者だけです」
これ以上、体を傾けたら引っくり返るのではないかというくらい、宰相は無意識に上半身を引いてしまっていた。
宰相の白髪混じりの髪の生え際から、目尻を通り顎先へと汗が流れ落ちる。
「宰相、自国の行く末を憂いているのならば、話は簡単だ」
ニヤリと口の端を吊り上げた魔王は、圧から宰相を解放する。
「王の首をすげ替えればよいだけだ。テオドール王子は既に動いているのであろう?」
圧力から解放されたとて、宰相は緊張を緩めることはできなかった。
自分を呼びつけた魔王の言動の意図するものが、十分すぎる程分かっていたからだ。
おそらく、魔王も自分がまだ決断を下せないのは見透かしている。
その上で、決断をするように迫っているのだ。
アネイル国の宰相は、先代国王から現国王と二代続けて王に仕えていた。
王子達は孫のような存在。
特に第二王子マクシリアンは、幼き頃から覇気に満ちており、彼は更に国を繁栄させてくれるものだと期待していた。
何故、禁術に手を染める愚かな真似を始めてしまったのか。
王が道を誤りだしたのを正すのも、臣下の役目。
宰相はギリッと奥歯を噛み締めた。
「魔王陛下、マクシリアン殿下は何れ仕掛ける戦のために半年前に異界より勇者を召喚しております。勇者は、我が国に伝わる聖剣を抜くことが出来ました。杞憂かも知れませぬが……お気を付けください」
肩を震わせながら頭を下げて言う宰相の様子に、魔王は愉しそうに目を細めた。
「ほぅ……マクシリアン王子も考えたのだな。果たして勇者とやらはどの程度楽しませてくれるのか。宰相殿、伝達魔法で伝えよ。“魔王が禁術を使用した事に怒り、アネイルを焼き払うつもりだ”とでもな」
「ははぁっ」
足元をふらつかせながら立ち上がった宰相は、魔王に向かって最上の敬意を払う臣下の礼をとった。
「魔王様、良ろしいのですか?」
危うい足取りで部屋を後にする宰相の後ろ姿を見送った従者は、遠慮がちに魔王へ問う。
「勇者か? 会議中の退屈しのぎにはなるだろう」
くくっ、シルヴァリスは魔王の表情を崩さないまま嗤う。
宰相の報告により、マクシリアン王子が魔王の挑発に乗れば必ずや勇者が動くだろう。
他の者ならばいざ知らず。人族の王にとっては、魔王が動くとなったら国の存続を脅かす程の脅威となる。
魅了の魔力を持つ王女という駒を失った、愚かな王子は必ず勇者をけしかけてくる筈だ。
「茶番は早々に終わらすだけだ。あれが里帰りとやらから戻る前にな」
下らぬ会議、これから繰り広げられるだろう茶番は早々に終幕させる。
「……リコ」
数日もの間、抱く事が出来ない寵愛する女の名を舌の上に乗せた。