くたびれOL、魔王様の抱き枕を拝命いたしました!?
「魔王らしくしていてください」と、やたら張り切る従者がセッティングしたのは、祭壇の間に敷かれたレッドカーペットと豪奢な椅子だった。

 明らかに、自分よりこの状況を楽しんでいる従者達の好きにさせて、目蓋を閉じた魔王は気配を探る。

 何重にも張り巡らした策に穴はない。あるとしたら、寵愛する娘の存在だけだ。
 予想外の動きをする、今は異界に居る筈の娘の気配を探り、魔王は彼女の動きを予測していく。
 今後起こりうるだろう事態に備え、魔王は側近へ向けて伝達魔法で指示を出した。


 カツンカツン

 静かな神殿内を、何者かが歩く音が響く。

 キィン……バタンッ

 扉の開閉音が侵入者の存在を告げる。
 儀礼用の祭壇前に椅子を置き、足を組んで座っていた魔王はやって来た待ち人に閉じていた目蓋を開いた。

「ようやく、来たな」

 白銀の胸当てを身に付けた、黒髪、焦げ茶色の瞳の若い青年は、壇上から見下ろす魔王の姿に一瞬瞠目する。

「待ちわびたぞ」
「お前が、魔王か?」

 まだ少年でも通じる年代の勇者は、壇上に座する魔王を見上げた。

「如何にも。退屈な会議が続いて、丁度飽いていたところだ。貴様には暇潰しに付き合ってもらおうか」
「魔王! 何故、サーシャリア王女に呪いをかけたんだ!それに、アネイル国を焼き払わせはしない!」

 勇者の威勢の良さを、魔王は鼻で嗤う。
 どうやら、アネイル王と王子は魔王の挑発を真正面から受け取ったようだ。

「何を吹き込まれたのかは知らぬが、アネイルの王女は愚かにも、魔王の我に魅了魔法をかけようとしたのだ。魔力封じの呪を解けと息巻くのならば、無礼を詫び、此所へ王女を連れてくればよかろう」

 諸国との会議の為に用意された神殿に軍隊を投入する訳にはいかずとも、まさか、聖剣を扱える貴重な勇者を護衛無しで単身乗り込ませるとは。
 マクシリアン王子は勇者を過大評価しているのか、護衛をつけられない程追い込まれているのか。

「意気揚々と乗り込んできたようだが、此処まで辿り着くのに何も障害も無かったのは不思議には感じなかったか?貴様を、勇者を我が招き入れたからだ。愚鈍なマクシリアン王子が手助けした、とでも思ってはいないだろうな」
「何だと! マクシリアン殿下を愚弄するのか !殿下の転移魔法のお陰で此処までこれたんだ」

 魔王滞在中の警護として、神殿内外に従者達による結界を張り巡らしてある。
 結界がそのままでは、勇者といえども神殿へ入る事すら出来なかったであろう。
 魔王の命により一時的に結界を緩め、勇者が来ても手出ししないように命じてあったため、彼は此処まで辿り着けたのだ。
 何という茶番だと、魔王は嗤う。

「まあ、良い。愉しませてくれるのであろう」

 バサッと黒いマントを翻して、魔王は椅子から立ち上がった。

「勇者よ、暗黒時代の魔王を倒したという聖剣の力を我に見せてみよ」

 伸ばした魔王の右手の中に、漆黒の魔力が渦巻く。
 魔力は形を成して、柄の部分に銀の装飾と深紅の玉が付いた、漆黒の剣が出現した。
 剣の柄を握った魔王は、切っ先を段下の勇者へと向ける。

「俺は、お前を、魔王を倒して元の世界へ帰るんだ!!」

 魔王に応じて、勇者も腰に挿した白銀の剣を抜き放った。

「うおおおー!」

 聖剣を両手で握り締めた勇者は、一気に壇上の魔王へと跳び掛かった。

 ギィン!
 跳び掛かってきた聖剣の刀身を、魔王の漆黒の剣が易々と受け止める。
 魔剣の闇魔法の力に反応して、聖剣から白い光が放たれた。
 弾丸となって向かってくるのは、聖剣の付属聖魔法効果か。
 魔王は聖魔法の弾丸を難なく斬りすてた。

「ほぅ、これが聖剣の力か」

 中位の魔族や魔獣ならば聖剣の聖魔法で滅せられただろうが、魔王を脅かすほどの力は無い。

「だが、小僧。この程度の腕では我には勝てぬ」

 荒さが目立つ勇者の剣さばきでは、聖剣の力を扱いきれていないのだ。

「くそっ!」

 聖剣を握る手とは逆の手のひらに、勇者は魔力を集中させる。
 魔王へ向かって勇者は火球を投げつけ、追い撃ちとばかりに聖剣の聖なる弾丸を撃ち込んだ。

 ドウッ!
 渾身の魔力を叩き込んで、手応えを感じた勇者は笑みを浮かべた。
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