くたびれOL、魔王様の抱き枕を拝命いたしました!?
 強力な魔法を繰り出そうと、展開しかけた魔方陣を魔王の魔力障壁によって阻まれ、カルサエルは端正な顔を憎悪に歪めた。

「くっ、魔王様には……全てお見通しだったというわけですか。私が貴方に敗北してから二十年かけた計画を、元老院も頷かざる得ないように動かれるとは。流石は魔王様。……だが!」

 台詞と共に、カルサエルが魔力を込めた右手のひらを握る仕草をする。

 カッ! カカッ! バキンッ!

 長椅子の背凭れにしがみついていた理子の周囲を、長椅子を半分に切り裂きながら輝く三枚の硝子の板が三角形に覆う。

「なっ? なにっ?」

 突然の事に驚きつつ、理子は硝子の板に触れて強度を確認する。
 だんっ、強めに叩いてもびくともしない硝子に、理子は事態を理解した。
 三角形の硝子内に閉じ込められたのだと。
 内側から触れても何も無いが、おそらく外側から触れれば攻撃してくるとかか。理子を閉じ込めた理由は、よく悪役がやるアレだろうか。

「いかに魔王と言えど、寵愛する娘の命を盾にされたらどうなるかな」

 予想通りの悪役の台詞を言うカルサエルに、このままでは自分が魔王の足手まといになってしまうじゃないかと、理子は焦る。


「ほぅ……反射鏡の檻か。考えたな」

 淡々とした声色で言うシルヴァリスは、泣きべそになっている理子に、大丈夫と言うような不敵な笑みを向ける。


『……小僧、リコを捕らえている檻のみを聖剣で斬れ』

 脳裏に響いた魔王の声に、完全に傍観者となっていた翔真はびくっと体を揺らした。
 檻、硝子の板か? と、硝子の檻とやらを見た時、今にも泣き出しそうな理子と目が合う。


『魔法は全て反射され、我の剣撃だとリコごと斬ってしまう。聖剣ならば鏡のみを切り裂ける。……我が妻に毛ほどの傷でも付けたら赦さぬがな』

 脳内に直接響く魔王の圧力に、翔真は内心汗だくの気分で、腰から聖剣を引き抜くと細心の注意を払って横へ凪いだ。


 バリーィン!!

 理子を囲う鏡に向かって放たれた衝撃波に、鏡が激しく揺さぶられて激しい音をたてて割れる。

「きゃあ!」

 飛び散る鏡の破片が降り注ぐかと、身構えていた理子の周りを赤い光が覆い、割れた鏡の鋭い切っ先は光に阻まれ蒸発するように消えた。

 目を見張る理子を力強い腕が抱き締める。
 腕の中へ閉じ込められた理子の鼻腔を擽るように、ふわりと香るのは優しい花の香り。

「シリヴァリス様っ」

 肩を抱く腕にぎゅう、と抱き付けば、シリヴァリスはフッと笑って理子を横抱きにする。頬を伝う涙を長い人差し指がそっと拭う。


「何だと!?」

 翔真の振るった聖剣の力によって鏡の檻を破られたカルサエルは、驚愕の声を上げた。

「そうか、わざと守護魔法を弱めていたのだな。私が動くようにと」

 降り注ぐ鏡の破片から、理子を守護する赤い光が彼女の体を包み完璧に護ったのを目の当たりにして、ギリッと奥歯を噛み締める。

 悔しそうに顔を歪めるカルサエルへ、小馬鹿にするような薄ら笑い笑いを向け、シルヴァリスは腕に抱く理子の耳元へと唇を近づけた。

「リコ、そこの小僧と共に城へ戻っていろ」
「シルヴァリス様は?」
「我は裏切り者に制裁を与える」

 僅かに殺気を込めた視線でカルサエルを見やる。

「後始末を終わらせすぐに戻る。お前は身を清めて、大人しく部屋で俺を待っていろ」

 二度耳元へ寄せられる唇から紡がれた言葉は、艶を含んでいる気がして場違いにも理子の頬は熱を持った。
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