くたびれOL、魔王様の抱き枕を拝命いたしました!?
 この日も、理子は遅めの昼食を食べに食堂へ行き、麺の熱さに格闘しながら蕎麦を啜っていた。

 昼休憩の終わり頃のため、米飯物は売り切れていて先週からずっと、一週間は麺類を食べている。
 今日は「いつも大変だね」と食堂のおばちゃんが小さいお握りをくれた。疲れで弱っているらしく、ちょっとした優しさに泣きそうになる。
 出来れば、他の人達と同じ様に時間通り昼休憩へ出たいのだが、なかなか上手くいかない。
 仕事を片付けるのが遅い、と指摘されればその通りで何も言えないのだけれど、部署の中でも理子に回される仕事量が明らかに多いのだ。

「理子」

 蕎麦の器が乗ったお盆の上に、コンビニで買ったと思われるシュークリームが置かれる。
 何時通り理子の向かいの席に座ったのは、同期で友人の香織だった。何故か、切なそうに眉尻を下げて理子を見つめる。

「ねぇ、仕事終わったら飲みに行こうよ」
「え? 今日はデートだって言ってないっけ?」

 今朝、更衣室で会った香織が嬉しそうにそう話していたのだ。

「まー君も久しぶりに理子と話したいって言っているし、ちょっと相談に乗ってほしいんだよ」
「相談? じゃあ、お邪魔じゃ無かったら参加したいな」

 へらりと笑えば、硬い表情だった香織はほっとした様に頷いた。

「じゃあ決まり。場所は何時もの所で、仕事が終わり次第集合ね」
「うん」

 蕎麦を食べ終わり、香織から貰ったシュークリームの袋を破いている時、少し離れた席から立ちあげる女子社員の姿が目に入り理子の手は止まった。

(あれは、高木さん?)

 お世話係の理子を嫌う後輩の新入社員、高木さん。
 オジサマ受けが良く、上司からも可愛がられている彼女は、真っ先に昼休憩へ出たはず。
 何をしていて昼食が遅くなったのかは知らないが、昼休憩くらいは彼女の姿は見たくなかった。

 黙ってしまった理子の目線に気付いた香織が「いい気なものね」と、高木さんの後ろ姿に呟いた。



「は?」

 勤務終了時刻三十分前、上司から渡された紙の束を前に理子は目眩をおこしかけた。

「これを今日中に? 今からですか? しかもこのデータ入力は高木さんの分ですよね?」

 渡された紙の束は、明日の会議資料として必要だと言うのだから、信じられない気持ちになり上司に確認する。

「すいませーん。今日はぁ、母が体調を崩していてー早く帰らなきゃならないんですよぉ」

 語尾が間延びする彼女特有の話し方に苛立つも、高木さんは素早く上司の後ろへ隠れてしまう。

「早く帰らなきゃならない後輩の頼みを聞いてやれよ。本当に山田は冷たいな!」

 誰か助けてくれないかと周りを見渡すが、火の粉を被りたくないとばかりに同僚達は一斉に下を向く。

「どうせ山田には夜の予定はないんだろ?」

 勝ち誇ったように、ニヤリと嗤う上司の顔は気持ちの悪いものに見えて、理子は込み上げてくる吐き気を必死で堪えた。



 “ごめん! 仕事押し付けられた! 残業になる”
 “マジか! クソ上司にビッチだな!”
 “誘ってくれたのにごめんね”
 “いいって、頑張って。帰ったらゆっくり休んでね”

 労りのメッセージとともに、香織と彼氏のまー君が顔を寄せたツーショット「がんばれ!」の文字が書かれた写真が届く。

「あーあ、せっかく誘ってくれたのになぁ」

 何も無ければ今頃は送られてきた写真みたいに、二人と一緒に笑っていただろうに。まさか、会社に一人残って寂しく残業とは。
 自嘲の笑みを浮かべた理子は、両手で顔を覆った

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