くたびれOL、魔王様の抱き枕を拝命いたしました!?
 数回、目蓋を瞬かせた高木さんの視線はシルヴァリスへ向いていた。

「こーんな格好いい恋人がいたなんて~教えてくれれば良かったじゃないですかぁ~私、挨拶したかったなぁ。あっ! もしかして、私が辞めた後に出来たんですかぁ? 私がいた頃って、先輩身嗜みボロボロだったしぃ何か女捨ててましたもんねぇ」

 両手を腰に当てて言う高木さんの仕草がわざとらしくて、理子はこめかみがひくつくのを感じた。

「初めましてー私、理子先輩のぉ元後輩ですぅ。理子先輩には色々お世話になったんですよ~」
「お、おいっ」

 甘ったるく媚びた高木さんの声色に、やりすぎだと思ったのか彼氏君も声をかける。
 今まで彼が高木さんを止めなかったのは、彼女に何か言われていたのだろう。

 通りがかった買い物客からの此方の様子を伺う視線を感じながら、理子は早くこの場から離れたいと、息を吐いた。

「四人でお茶でもしませんかぁ?」

 彼氏君が側にいなかったら、シルヴァリスの腕に撓垂れ掛っていそうな勢いの高木さんの態度より、隣の魔王様がぶちキレないかの心配で理子の精神はゴリゴリ消耗していく。

 不安げに瞳を揺らす理子の腰を抱く腕の力を強め、シルヴァリスは口の端を吊り上げた。

「ほぅ……確かリコは、貴様が男と遊び呆けていた尻拭いをしていたな。男の妻に不貞を暴かれて、愚かにもリコに逆恨みをしてきた女が媚びて来たとしても、不快にしか感じられぬ」

 美形に吐き捨てられるように言われるのは破壊力抜群で、明らかに高木さんの顔から血の気が引いた。

「えっ?何?」

 狼狽えた彼氏君が、固まる高木さんの腕を引く。


「じゃ、じゃあ、寒いから体調崩さないように気をつけてね」

 唖然とした様子で此方を見詰める二人を置いて、シルヴァリスの手を引っ張りながら逃げるようにその場を後にした。


 ***


 魔国へ嫁いで初めてのお正月。

 異世界と此方の世界は時間の流れが違うらしく、異世界の新年は此方の旧正月のあたり。
 年始の里帰りついでに、初売りへ行く約束をしていた香織が大晦日のカウントダウンイベントへ出掛けて風邪をひいて寝込んでしまったため、当初理子は一人で初売りへ行くつもりだった。

 過保護な魔王は「一人で行かせると面倒事を起こす」からと、一緒に初売りへ来てくれた。

 混雑している場は好きじゃないだろうシルヴァリスが、心配してくれたのも嬉しいし純粋にデートが出来て嬉しい。
 歩幅を合わせてくれるのも、繋いだ手をぎゅっと握れば優しく握り返してくれるのも、大好き。

「あの、今の女の子は会社の元後輩で……彼女は色々あって辞めちゃったんだけど、バッタリ会っちゃったの」
「よい。あの様な、相手を選んで媚びる女は虫酸が走る。お前も、今後付き合うつもりは無いのだろう?」
「……うん」

 少し冷静になれば、何故シルヴァリスが見せ付けるような行動をしたのか分かる。

 聡い彼のことだもの、挑発的な態度の元後輩と自分を見て色々感づいたのだろう。
 不快感を露にしていたけれど、魔王様が爆発しなくて…高木さんを引き裂いたり灰にしなかったのは本当に良かった。

 しかし、元後輩の口を開けてポカンとした表情を思い出すと、ぷぷぷっと笑いが込み上げてくる。


「シルヴァリス様、ありがとう。スッキリした」
「俺の妻に敵意を向ける者を赦すわけにはいかぬだろう。異界でなければあの女は消し炭にしていた。やはり、今から滅してやろうか。それとも、長きに渡って苦痛を与えようか」

 不穏な空気を醸し出した魔王様に当てられて、すれ違った男性がふらついて転倒しかける。

「あ、あのっシルヴァリス様、お土産に美味しいケーキを買って帰りましょうね」

 このままでは高木さんが消し炭にされるか、周囲に被害が広がってしまう。
 焦った理子はシルヴァリスの腕にしがみ付く。

「リコ、お前は本当に可愛いな」

 必死に自分の気を逸らそうとしている理子の行動に、満足したシルヴァリスは笑みを浮かべた。
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