くたびれOL、魔王様の抱き枕を拝命いたしました!?
「まさか、この娘の“隣人の騒音から逃れ、快適な睡眠時間が欲しい”という妙な願いのお陰で、貴方様にお逢い出来るとは夢にも思いませんでしたわ」

 クスクス笑う魔女の視線の先には、魔王により眠らされた理子がいた。
 美しい魔王が触れたのが自分より劣る人の娘というのは赦しがたいが、魔女にとって魔王に近づけたのは好機だった。

「娘の願いのせいで百年かけて溜めた魂を消失してしまい、わたくし、娘に苦しみを与えながらじっくり魂を喰らおうと思っていましたの」

 邪魔な娘の魂を喰らうことを考えるだけで、魔女の口腔内に唾液が溢れる。
 恍惚とした表情を浮かべる魔女とは逆に、無表情のままでいる魔王の両眼が細められた。

「魔王陛下、わたくしに御慈悲をくださいませ」
「慈悲、だと?」

 魔女は魔王へ向けて、鎖が巻かれた両腕を差し出す。

「先代魔王陛下が作られた、忌々しいこの鎖からわたくしを解放してくださいませ」

 涙を浮かべて濃紺の瞳を潤ませる魔女の愚かしさに、魔王は冷笑を浮かべた。
 愚かな女。魔王に魅了の力を使おうとは。

「……偶然とはいえ、貴様が娘の部屋と我の部屋を繋げたお陰で、我はなかなか有意義な一時を得られたのだったな。では、その褒美をくれてやろう」

 無表情のまま言うと、魔王は右手を軽く振る。

 パキイィーン

 硝子が割れるような音を立てて、魔女の両腕に巻かれた金の鎖は弾け飛んで、霧散した。

「ああっ! これでわたくしは自由だわ!」

 封じられた魔力が全身に駆け巡るのを感じ、魔女は歓喜の声を上げた。だが、直ぐにきゃはきゃははしゃぐ魔女の表情が急に固まった。

「あ、なん、ですの?」

 暴れ出る魔力が制御できない。
 漏れ出た魔力が魔女の魂を攻撃し、体に細かい亀裂が生じ魔力が煙のように放出される。

 床に倒れた魔女は、体をくの字に折り曲げてのたうつ。
 魂が切り裂かれる激痛で呻く魔女を、蔑みの視線で魔王は見下ろしていた。

「封印の鎖は外した。くくくっ、魔女ふぜいが人の魂を喰らいすぎたようだな。肉体を失った貴様の核になっていたのは、封印の鎖……核を失えば崩壊するのみだ。魂を喰らい続け、娘を追い詰め泣かせた罰を与える。貴様を待っているのは、地獄での永遠に近い拷問と末の魂の消滅だ」
「そ、んな」

 全身を赤黒く染めた魔女の瞳が、驚愕と絶望に歪んだ。
 パチンッと音を立てて魔王が指を鳴らすと、魔女の目前に魔方陣が現れる。
 魔方陣が光輝き、骸骨や死神のレリーフが装飾された地獄の門が召喚された。

「ひぃっ!」

 ジャラララッ!

 片方だけ開かれた地獄の門から暗黒の鎖が飛び出て、這って逃げようとする魔女の体を絡め取る。
 悲鳴すら上げられぬまま、暗黒の鎖に引き摺られた魔女は地獄の門に吸い込まれていった。

 バタンッ!

 隙間無く閉ざされた地獄の門は、役目を終えたとばかりに、ズブズブと床へ沈んで、消えた。

「貴様の薄汚れた魂では、娘の涙には到底及ばぬ」

 地獄の門が消えた床を一瞥すると、魔王は魔力を放つ。

 一瞬のうちに、魔女によって歪められた結界が再構築され、何事も無かったかのように室内は静かになった。
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