くたびれOL、魔王様の抱き枕を拝命いたしました!?
 何か緊急事態があったのか。明らかにいつもと課長の様子が違う。

 事情を説明してもらえるのかと、仕事中の社員達はパソコンから顔を上げて課長を見た。

「高木さんはいるかな?」
「は、はいっ」

 朝から何度もスマートフォンの画面を見ていた高木さんは、声を上擦らせながら勢いよく椅子から立ち上がった。

「高木さん、少し聞きたいことがあるから一緒に応接室へ来なさい」

 有無を言わせない口調の課長に、高木さんはもちろん、周りの社員達が息を飲む気配がする。

 他の課へお使いに出掛けた社員からの情報で、部長と課長が客人と応接室で何やら深刻そうな話をしているらしいのだ。
 入社三ヶ月余りの高木さんはまだ一人で仕事を任されておらずが、仕事上の事で何か不手際があったとは考えられない。

 仕事以外だったらプライベートの事となり、だとしたら考えられるのは……
 皆、無言のまま、課長の後をついて歩いていく高木さんの後ろ姿を見送った。

「人のものに手を出したら駄目よね」

 隣の席の中年女子社員は意味深な事を呟き、ニヤリと口角を上げた。

 課長と高木さんの姿が見えなくなってから、それまで無言だった社員達は一気に口を開く。

 憶測を囁く声が理子の耳にも届き、その中には田島係長と高木さんの親密な関係を面白がる内容に、眉を顰めてしまった。

 見て見ぬふりをしていたとはいえ、田島係長と高木さんの親密な関係はよほど鈍感でなければ気が付くだろう。
 何が起きているか気になってしまい、午前中は皆仕事が手につかないかもしれない。



「修羅場だったよー」

 缶珈琲を買いに自販機が置かれた場所へ行って、偵察、もとい“偶然”応接室の近くを通った女性社員が頬を紅潮させて戻って来る。

「係長の奥さんが弁護士を連れて、旦那と浮気相手の職場に乗り込んでくるとはね」

 まるでドラマみたいだ、と隣の席の中年女子社員は唸る。

 偶然通りかかった女性社員の話では、高木さんは「誤解です!」「係長のご家庭を壊すつもりじゃなかったし!」「入社したばかりの不安で甘えてしまっただけで!」と、泣き叫んでいたらしい。
 どんな理由であれ、若気のいたりや無知からだとしても、妻子ある男性と深い仲になるのは重婚を認めてない国では倫理的に許されないと思うのだが。

「やっぱりね。それはなんて言っていいか、修羅場だね」
「だから係長は休みなのか。怖い奥さんだねぇ」
「若い女の子に頼られて浮かれて手を出すから、天罰だよ。係長、左遷かな。終わったね」

 若い女の子、高木さんに甘えられて自分達も鼻の下を伸ばしていた男性社員は次々に田島係長をせせら笑う。

「新卒のくせに、高木さんも調子に乗っていたからいい気味よね」
「山田さんも二人に嫌がらせされていたし、ついでに訴えてみたら?」

 自分に火の粉がかからないよう、見て見ぬ振りをしていた女性社員達に話をふられ、理子は曖昧な笑みを返して返答を誤魔化した。



 昼休憩時間になり、珍しく昼食を誘いに理子の所へやって来た香織は、落ち着かない様子の課内を満面の笑みで見渡す。

「大変な事になっているみたいねぇ、じゃあランチに行こう!」

 わざとらしく大声で言う香織に引き摺られる形で、理子は席を立たされて食堂へ向かった。

「強引に連れ出してくれてありがとう。私もさ、朝から色々とあり過ぎてついていけなくなっていたところなの」

 出勤してから上司の不倫問題で仕事に集中出来ないかった。
 その上先程、経理部と人事部から午後からの書類とデータの照合をすると通告された事で、不倫問題が霞むくらい自分も含めて同僚達は焦ってパソコン内のデータ整理をしていたのだ。
 上からのチェックが入っても、自分は書類関係をきっちり纏めているから大丈夫た、と思いたい。

(書類紛失も、高木さんの仕業だったのかな。そのおかげで、ゆるんでいた危機意識を高めることができたのだけど、ね)

 以前、纏めておいた重要書類のファイルが机の引き出しから消えた事があり、自衛のため鍵がかかる引き出しで保管するようにしていたのだ。
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