くたびれOL、魔王様の抱き枕を拝命いたしました!?
 ぼよんっ

「ふぎゃっ」

 白いシーツに覆われたマットレスの上へ、顔面から着地した理子は情けない声を上げる。

「何で……?」

 痛む鼻を押さえつつ顔を上げれば、其処は、自室ではなく見覚えのある青白い淡い光に照らされた豪華な寝室だった。

 壁の穴は塞がったのに、何故自分は此処へ喚ばれたのか。
 寝室の主は何処だろうと視線を巡らせば、麗しき魔王はベッドから少し離れた椅子に腰掛け、長い脚を組んで理子をじっと見ていた。

「相変わらずひどい格好だな」

 クツリと笑う魔王こそ相変わらず人外の美貌で、ただ長い脚を組んで座っているだけなのに、神が造った完璧な芸術作品に見える。

 昨夜と同じく、胸元が見えるバスローブみたいな服に黒い細身ズボンを履いた魔王は、艷やかな色気を振り撒いていた。
 薄暗い室内なのにキラキラ輝いて見える銀髪だなんて、実際に髪から銀粉でも出ているんじゃないかと思ってしまう。

(銀粉を撒いているとは、蝶か蛾。もしかしたら触角が生えて……はっ、違う、違う!)

 斜め上の方向へ行きかけた意識を、理子は首を振って取り戻す。

「そ、それは、お風呂から出たばかりだから。魔王様がいきなり喚んだからでしょう。その、裸だったらどうするのっ」

 裸と自分で口に出して、理子の頬は真っ赤に染まる。
 今の格好は、キャミソールに短パンという守備力はほとんど無い状態。
 キャミソールはカップ付きで、透けない分素っ裸よりはギリギリ許されるラインだと思いたい。

「まるで濡れ鼠のようだな」
「……だからお風呂上がりだってば。いきなりは喚ぶのは駄目でしょ! 何で、また……」

 精一杯の非難を込めて、唇を尖らせて理子は睨んでみる。
 何故また此処へ召喚したのだと、聞きたいのに素直に口に出せずにいた。

 フッと魔王は笑い、組んでいた足を外して椅子から立ち上がると、ベッドの上にいる理子に向かって右手を差し出す。

「来い」

 短く命じる言葉には、有無を言わせない力がこもっていて、理子は仕方無しに膝と手を使ってズリズリとベッドの端まで移動した。

 ふわっ

 ベッド端から両脚を出してカーペット敷の床へ下りようとした理子を、あたたかくて柔らかな風が包み込む。
 風によって肩に掛けていたタオルがパサリとベッドに落ちた。

「わぁ……」

 びしゃびしゃに濡れていた理子の髪は、吹き抜けた風で一瞬にして乾いた。

「凄いっ! ドライヤーいらず」

 櫛すら通していなかったためごわついていた髪は、トリートメントをした後のような絹みたいな指通りになっていた。
 髪から仄かに漂うジャスミンの香りがして、嬉しくなった私は勢いよくベッドから下りた。

「これって魔法?」

 小走りで魔王の傍まで行った理子は、彼に尊敬の眼差しを送りながら問う。

「……ああ」
「凄い凄い! 便利ー」

 ドライヤーやエアコン代わり魔法が使えたら便利なのにと、興奮して自分の髪を指に絡めた理子は声を弾ませる。
 手入れを怠っていた髪を艶々に変えてくれるとは、魔王は女子力がありそうだ。

 興奮して頬を紅潮させる理子を、魔王は目を細めて見下ろした。

「こんな程度で喜ぶとはな」
「こんな程度じゃないですよ! 私の痛んだ髪を復活させてくれたんですよ! 魔王様ありがとうございます。あと、こんばんは?」

 しまった。挨拶は始めに言わなきゃならなかったか。
 話している途中で、理子は見上げている魔王との距離の近さに気付いてしまい「こんばんは」は、尻窄みとなってしまった。

「やはり、お前は変な女だな」
「っ⁉」

 不自然な動きにならないよう、じりじり後ろへ下がって距離をおこうとした、理子の右手首を魔王が掴む。

(ひぃー、離れて!)

 色気漂う美貌の魔王の顔をなるべく見ないように、理子は俯いてしまうのであった。
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