くたびれOL、魔王様の抱き枕を拝命いたしました!?
「お疲れ」
「ご飯は美味しかったけど、疲れましたね」

 やっと解放された、そんな思いが表情に出てしまいお互い苦笑いする。

「一応、先輩に協力するために参加したけど、伊東さんに気を使いまくって大変だったね。田中もデレデレして、あーいうタイプがいいのかよ。俺は怖くて無理だな」

 確かに、伊東先輩が時折田中君へ向ける肉食獣の目は怖かった。
 夜パフェの後、二人がホテルへ行ったと聞かされても別段驚かない。

「山田さん、珈琲とデザート食いに行かない?」
「山本さんは甘いものは苦手じゃないんですか?」

 さっき彼は、苦手だと言って田中君の誘いを断っていたが。

「俺、甘いものは大好き。あの二人と行くのは嫌だったから。食後のデザートは美味しく食べたいし」

 そう言って山本さんはニッと笑う。正直過ぎる返答に、理子はプッと吹き出してしまった。



 繁華街は給料日後の週末の夜ともあって、仕事帰りの人や若者達で賑わっていた。
 道行く若者達は酒が入っているのか大声で騒いでいる者もいて、理子はなるべく山本さんの影に隠れるようにして歩く。

「夜の街は久しぶりで、新しいお店が出来ているし歩いているだけで楽しいですね」

 最近は飲み会も減り、残業続きで街へ出てくる事も無かったため、理子はキョロキョロと辺りを見渡しながら歩いていた。

「山田さん」

 焦った山本さんの声と同時に、二の腕に手を回され、ぐいっと彼の方へ引き寄せられる。
 何事か理解する前に、よそ見をしていた理子のすぐ側をフラフラ走る自転車が通り抜けた。

「大丈夫?」

 自転車にぶつかりそうになったのを助けてくれたんだ、と理解した理子はお礼を言おうと顔を上げた。
 山本さんの焦げ茶色の瞳に至近距離から見下ろされて、ドキリッと心臓が跳ねる。

「あ、ありがとうございます」

 軽く密着した状態は恥ずかしくて離れたいのに、山本さんは腕を離そうとはしない。

「流石に金曜日の夜は人が多いな。じゃあ」

 ぽつり呟くと、山本さんは二の腕を掴んでいた手を離して、そのまま下へと下がった大きな手のひらが理子の手を握る。

「山本さん?」
「こうすれば危なくないだろ?」

 ニカリッと白い歯を見せて、山本さんは爽やかに笑う。
 筋ばった大きな手のひらが理子の手のひらと重なり、長い指が絡まる。

(ど、どうしよう。いきなり恋人繋ぎ⁉)

 蒸し暑いし手の汗が気になるし、これは、普通に手を繋ぎにくいから指を絡ませているだけ。
 人が多くてはぐれないためなのか。
 理子が注意力散漫になっているからか。深い意味はないはず。
 あれこれ理由を考えながら、理子は顔に熱が集中するのを感じた。


 山本さんに手を繋がれ辿り着いた先は、繁華街から外れた裏通りの奥、外観は昔ながらの喫茶店だった。

 店内はジャズが流れ、壁面や間仕切りに本棚が設置された所謂、ブックカフェ。
 アンティークなダークブラウンの皮張りソファーに座って、好きなスイーツや彼の飼っているハムスターの話など、たわいもない会話をして過ごした。
 外見はスポーツマンな山本さんは、意外にも本の虫でモフモフなハムスターが大好きな事を知り、彼への好感度が急上昇したのである。


「駅まで送ってくよ」

 カフェを出て、地下鉄の駅に着くまで、当たり前のように山本さんと繋がれる手。
 こんな風に手を繋いでいたら、道行く人からは付き合っている様に見えるのかも、とこそばゆい気分になって絡まる指にぎゅっと力を込めた。

「山田さんの髪っていい匂いがするね」

 横断歩道の信号待ちの間、山本さんは繋いだ手はそのままで、もう片方の手を伸ばして理子のハーフアップにした髪に触れる。

「そ、そうかな」

 山本さんの言動が恥ずかしすぎて、まともに顔が見られない。彼は少ししか飲酒していないのに、おそらくアルコールに弱い人で酔っているんだろう。

「山田さん、おやすみ」
「おやすみなさい」

 改札口の手前で、繋いだ手はゆっくりとほどかれた。

(さっき食べた、チーズケーキのラズベリーソースが口の中に残っているみたい。何だろう甘酸っぱい気分。これって、まさか)

 改札口で別れた山本さんの表情が、どこか名残惜しそうに感じたのは気のせいだろう。
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