くたびれOL、魔王様の抱き枕を拝命いたしました!?
4.薔薇の誘惑
重厚な扉の奥、天井まである本棚が四方を固める執務室では張り詰めた緊張感が漂っていた。
執務机に承認待ちの書類が積み重なり、険しい顔で書類にサインをする主の気を乱さないように、側近達はなるべく気配を薄くし、本棚と同化しようと努める。
彼等の主は、魔国の王である魔王。
魔王は眉間に皺を寄せ、不機嫌なオーラ全開で赤い瞳にかかる銀髪を払う。
今朝早くから執務室の主、魔王の機嫌はすこぶる悪く、魔王の強大な魔力に慣れている筈の側仕えの者達でさえ近寄りがたい程、彼が纏う雰囲気は刺々しいものだった。
力の弱い者は魔力に当てられて、気絶するために殆どの者は不機嫌な魔王に近寄れない。
執務室へ書類を運ぶ役目を担った者は、生け贄になった気分で壁を背に控えていた。
かたんっ
書類に視線を落としていた魔王が、椅子から立ち上がる。
魔王の側で補佐をしていた貴族風の魔族の男性は、怪訝そうに顔を上げた。
「魔王様、どちらへ? あと小一時間程で、アネイルからの大使がお見えですよ。いくら面倒でも不機嫌でも、貴方は魔王なのですから仕事はしてください」
魔族の男性は、胸元から取り出した懐中時計を見て時刻を確認する。
「アネイルの大使ごとき、貴様が相手をすればよかろう」
大陸でも屈指の大国の大使を一言で切り捨て、魔王は側近の男性に背を向けた。
「ですが、アネイル国王の名代で謁見を願い出た大使を、ちょっと!? 魔王様!」
食い下がる男性を煩わしいとばかりに、魔王は転移陣を展開して瞬時に消えた。
「くそ魔王がっ」
強大な魔力を持つ魔王は“ごとき”と称したが、軍事力のある大国の大使だ。無下には出来ない。
面倒な役目を押し付けやがって、と男性は悪態をついて、勝手な主が消えた空間を睨み付けた。
執務室から転移した先の回廊から、庭園へ向かっていた魔王は歩みを止める。
「何の用だ」
回廊の柱の影から姿を現した二人のメイドは、魔王の数歩前まで進むと深々と頭を垂れた。
「魔王様の気配を感じましたので」
「ご無礼をお許しくださいませ」
魔王の前へ現れたのは、あの夜、理子に湯浴みをさせるような命じたメイドだった。
側近からも優秀だと評価が高い者達が、無礼を承知で自分の前へ姿を現した理由は何か。
言い淀む台詞の続きを促す視線を向ければ、恐る恐るメイド達は顔を上げた。
「魔王様、あの方は……」
「あの方は、もういらっしゃらないのですか?」
あの方とは理子の事かと、魔王は無言のままメイド達を見下ろす。
気分を害したと思ったのか、メイド達は青白い顔色を紙のように白く変えた。
「お、お召し物を、洗濯しましたのでお返ししたいのです」
声を震わせるメイドからは他意は感じられず、魔王は「そうか」と呟いた。
湯浴みの後、男に触れられた服から着替えさせたのだった。
それを処分せずに洗濯をしており、理子の訪れを我に訪ねに来るとは、よく躾されているメイドとは思えない行動だ。
「あの娘が気になるのか?」
王宮のメイドは、職務中は感情を表さないように躾られている。
その王宮のメイドが理子を気にする理由に興味が湧き、問えばメイド達はほんのりと頬を染めて目を伏せた。
「あの方は、私達にお礼を」
「“ありがとう”と言ってくださいました」
湯浴みを終えた後やマッサージを終えた後、その都度理子は二人に感謝の意を伝えていた。
魔貴族内では、力の強い者、権力者など高位の者達が使用人へ謝辞を述べるなどほぼ無い。
理子がはにかみ伝えた「ありがとう」は、感情を抑えるように躾られてきた二人の心を揺らす程、衝撃的な出来事だったのだ。
「そうか」
自分の感情の変化に、思わず魔王は笑ってしまった。
まさか、理子の振る舞いを思い起こすだけで、昨夜から続いていた苛立ちが凪いでいくとは。
「「魔王様?」」
「娘には伝えておこう」
メイド達へ短く告げると、魔王は転移陣を発動させ回廊から姿を消した。
執務机に承認待ちの書類が積み重なり、険しい顔で書類にサインをする主の気を乱さないように、側近達はなるべく気配を薄くし、本棚と同化しようと努める。
彼等の主は、魔国の王である魔王。
魔王は眉間に皺を寄せ、不機嫌なオーラ全開で赤い瞳にかかる銀髪を払う。
今朝早くから執務室の主、魔王の機嫌はすこぶる悪く、魔王の強大な魔力に慣れている筈の側仕えの者達でさえ近寄りがたい程、彼が纏う雰囲気は刺々しいものだった。
力の弱い者は魔力に当てられて、気絶するために殆どの者は不機嫌な魔王に近寄れない。
執務室へ書類を運ぶ役目を担った者は、生け贄になった気分で壁を背に控えていた。
かたんっ
書類に視線を落としていた魔王が、椅子から立ち上がる。
魔王の側で補佐をしていた貴族風の魔族の男性は、怪訝そうに顔を上げた。
「魔王様、どちらへ? あと小一時間程で、アネイルからの大使がお見えですよ。いくら面倒でも不機嫌でも、貴方は魔王なのですから仕事はしてください」
魔族の男性は、胸元から取り出した懐中時計を見て時刻を確認する。
「アネイルの大使ごとき、貴様が相手をすればよかろう」
大陸でも屈指の大国の大使を一言で切り捨て、魔王は側近の男性に背を向けた。
「ですが、アネイル国王の名代で謁見を願い出た大使を、ちょっと!? 魔王様!」
食い下がる男性を煩わしいとばかりに、魔王は転移陣を展開して瞬時に消えた。
「くそ魔王がっ」
強大な魔力を持つ魔王は“ごとき”と称したが、軍事力のある大国の大使だ。無下には出来ない。
面倒な役目を押し付けやがって、と男性は悪態をついて、勝手な主が消えた空間を睨み付けた。
執務室から転移した先の回廊から、庭園へ向かっていた魔王は歩みを止める。
「何の用だ」
回廊の柱の影から姿を現した二人のメイドは、魔王の数歩前まで進むと深々と頭を垂れた。
「魔王様の気配を感じましたので」
「ご無礼をお許しくださいませ」
魔王の前へ現れたのは、あの夜、理子に湯浴みをさせるような命じたメイドだった。
側近からも優秀だと評価が高い者達が、無礼を承知で自分の前へ姿を現した理由は何か。
言い淀む台詞の続きを促す視線を向ければ、恐る恐るメイド達は顔を上げた。
「魔王様、あの方は……」
「あの方は、もういらっしゃらないのですか?」
あの方とは理子の事かと、魔王は無言のままメイド達を見下ろす。
気分を害したと思ったのか、メイド達は青白い顔色を紙のように白く変えた。
「お、お召し物を、洗濯しましたのでお返ししたいのです」
声を震わせるメイドからは他意は感じられず、魔王は「そうか」と呟いた。
湯浴みの後、男に触れられた服から着替えさせたのだった。
それを処分せずに洗濯をしており、理子の訪れを我に訪ねに来るとは、よく躾されているメイドとは思えない行動だ。
「あの娘が気になるのか?」
王宮のメイドは、職務中は感情を表さないように躾られている。
その王宮のメイドが理子を気にする理由に興味が湧き、問えばメイド達はほんのりと頬を染めて目を伏せた。
「あの方は、私達にお礼を」
「“ありがとう”と言ってくださいました」
湯浴みを終えた後やマッサージを終えた後、その都度理子は二人に感謝の意を伝えていた。
魔貴族内では、力の強い者、権力者など高位の者達が使用人へ謝辞を述べるなどほぼ無い。
理子がはにかみ伝えた「ありがとう」は、感情を抑えるように躾られてきた二人の心を揺らす程、衝撃的な出来事だったのだ。
「そうか」
自分の感情の変化に、思わず魔王は笑ってしまった。
まさか、理子の振る舞いを思い起こすだけで、昨夜から続いていた苛立ちが凪いでいくとは。
「「魔王様?」」
「娘には伝えておこう」
メイド達へ短く告げると、魔王は転移陣を発動させ回廊から姿を消した。