くたびれOL、魔王様の抱き枕を拝命いたしました!?
 逆光を背にする魔王の姿はとても眩しく、彼に紅潮した頬を見られたくなくて、理子は垂れる髪で顔を隠すために俯く。

「先ほどから、何をしているのだ?」

 身を屈ませて覗き込むようにした魔王は、理子の顎を掴んで上向かせる。

「な、何でも」

 ぐうぅ~

 無い、と最後まで言えなかった。理子のお腹が、空腹を訴える音を鳴らしたからだ。
 恥ずかしくて理子の全身は赤く染まり、瞳は羞恥から涙の膜が張っていく。

「くっ、くくくっ!」

 羞恥で耳まで真っ赤に染めた理子の顔を見ながら、魔王は失礼にも肩を揺らして笑いだした。

「寝不足で、食欲が無くてあまり朝ご飯食べられなかったから……しょうがないんですっ!」

 昨夜はほとんど寝られずに、亜子に付き合って飲酒したせいで翌朝は食欲が全く無かったのだ。水分しか摂っておらず、お腹空いたと自覚をした理子のお腹はぐぅぐぅと空腹を訴える。
 魔王の前でお腹の音を響かせるなんて、恥ずかしくて消えてしまい。

「食事を、直ぐに用意させよう」

 くくくっ、と笑いを堪える魔王は、余程面白かったのか肩を小刻みに揺らす。
 冷笑とか魅惑的に笑みなら何度か見たことがあったが、ここまで表情を崩して笑う姿は初めて見た。

「魔王様、笑いすぎ……」

 コンコンコン

 唇を尖らす理子の耳に、控え目に扉をノックする音が届く。

「入れ」

 短く命ずる魔王は、緩む口元を見られないように口元を手で押さえた。

「「失礼します」」

 声を重ならせて部屋へと入って来たのは、見覚えがあるメイド達だった。

「貴女達は、こんにちは」

 理子が挨拶をすると、彼女達は驚いた様に目を見開き深々と頭を下げる。
 首を傾げる理子を見て魔王が喉を鳴らして笑う。

「お履き物でございます」

 メイドがベッドの端へ屈み、理子の足元へ淡いピンク色の靴を置いた。淡いピンク色のパンプスに似た形の靴には、小さなパールが散りばめられており光の加減で淡く輝く。

「可愛い。ありがとうございます」
「いえ……」

 お礼を伝えると、メイド達の頬がほんのりと赤く染まる。
 初対面の時は、無表情も相まって彼女達から冷たい印象を受けたが、照れる姿はとても可愛らしい。

 ベッドから下りて、用意して貰った靴を履く。
 靴は、オーダーメイド製品のように理子の足のサイズにピッタリ合った。

「すごいピッタリ」

 感激している理子を暫く眺め、魔王はメイド達へ視線を移した。

「この娘に食事を」
「「かしこまりました」」

 魔王に頭を下げたメイドの一人、前髪を上げたメイドは静かに扉から出て行った。

「リコ」

 メイドの後ろ姿を見送っていた理子は、名前を呼ばれて顔を上げる。
 魔王が移動した気配に気付かず、至近距離に居た彼に驚き危うく悲鳴を上げそうになった。

「我は暫し側を離れる。執務へ戻らねば煩い輩が騒いで後々面倒になるのでな」

 仕事へ戻るのは乗り気じゃないと、魔王は渋面になる。

(成る程、国の王様である魔王様には週末は仕事が休み、というルールは無いのね。かわいそう)

「お仕事、頑張ってくださいね」

 笑顔で見送ろうとした理子の髪へ、手を伸ばした魔王は人差し指と親指で一房摘まむ。

「……すぐに戻る」

 名残惜しそうに魔王は眉を寄せて、理子の髪にそっと口付けた。



 仕事へ戻るという魔王は転移陣という魔法で姿を消し、理子は隣室へ案内された。

 案内された部屋には、白いテーブルクロスを掛けられたテーブルと、細かな細工が彫られ座面のクッションの布地は見るからに高級だと分かる椅子が一脚置かれていた。
 先を歩くメイドが椅子を引き、理子は緊張しながら座る。

 理子が着席すると同時に、いつの間にかテーブルの脇に控えていたらしい給仕係の男性とメイド達が、ナイフとファークを並べ食事の準備を始める。
 困惑しているうちに、本格的なコース料理は殆ど食べたことがない理子でも分かる、最高の食材で見た目も凝った品が運ばれてきた。
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