くたびれOL、魔王様の抱き枕を拝命いたしました!?
 深くて甘い、エレガントな薔薇の香りが辺り一面に充満し、ささくれ立っていた理子の心が癒されていく。

 テレビでしか見たことがない、ヨーロッパの古城の庭園を彷彿させる見事な薔薇園。
しかも咲いているのは青い薔薇だけで、理子は感嘆の息を吐いた。

「寵姫様、此方、先代王妃様が造られた薔薇園でございます」
「魔王様からの了承は頂いておりますので、ご自由に散策をお楽しみくださいませ」

 気落ちしていた理子を気遣い、メイド達は薔薇園へと案内してくれた。
 寵姫様、ではなく名前で呼んで欲しいと頼んでも「魔王様のお許しを頂かなければお呼びできません」と、彼女達に断られてしまい、理子の気分はさらに落ち込む。

 この世界の季節は理子にとっての現実世界と同じく初夏、彼方は蒸し暑くて昼下がりに外へ出たいとは思えないが、此処は照りつける日差しも無くとても過ごしやすい。
 メイド達の話によると、城周辺の気候は魔王の魔力で春先の気候に保たれているらしい。
 気候すら操るとは、魔王様は万能だ。完璧な魔王、完璧な薔薇達、少しでも綻びを見つけたくなった理子は薔薇にひっつく虫を見付けようと屈んで薔薇の根元を覗き込む。

 少し離れた場所から見守っていた、メイド達が後方へ下がっていった。

「お前は……何をしているのだ」

 屈んで土を弄っている理子の上から、呆れた魔王の声が降ってくる。

「蟻かミミズでもいないかな~って探していたんですよ。私の知っている蟻やミミズと違ってたらお土産になるし面白いかなって思って。新種発見みたいな?」

 変な姿を見られた焦りから、咄嗟に自分でも意味不明な事が口をついて出た。
 蟻やミミズをお土産にするわけはないでしょう。何なんだ新種発見って。

「また、訳の分からぬ事を……」

 呆れ果てた表情の魔王にジロリと見られ、理子は羞恥で顔を真っ赤に染めた。

「おっ、お仕事は終わったんですか?」

 何とか話題を変えようと、理子は熱を持つ両頬を手で扇ぎながら問う。

「ああ、責務は果たした……リコ」

 魔王が右手を差し出す。
 彼の意図が分かった理子は、指先についた土を慌てて払う。
 差し出された右手に左手をそっと重ねれば、大きな手のひらが理子の手を包んだ。

 魔王に手を引かれて薔薇園を歩く。
 気が付けばメイド達は姿を消していて、此処には理子と魔王しかいない。

(これってデートみたいだ)

 意識すれば、手を繋いでいるのは恥ずかしいし胸の奥がむず痒くなる。
 甘酸っぱい気分と共に抱いたのは、戸惑いと僅かな切なさだった。

 先程までは、二人の関係を見直そうと話すつもりだったのに、当たり前のように差し出された手を取ってしまった自分はいったいどうしたいのか。
 隣を歩いている青い薔薇を背にした銀髪赤目の魔王は、この薔薇園の中で異なる色彩、異質な存在に見えて理子は切ない気分になる。

「綺麗なお庭ですね。私、青い薔薇って初めて見たかも」

 魔王は歩みを止めて、初めて薔薇に視線を向ける。

「この庭園の薔薇は魔力を糧に咲いている。魔力を与えた者によって咲く花の色は変化するのだ」

 理子の手を握る右手はそのままに、魔王は左手で薔薇の花を包むように触れた。触れた瞬間、青い薔薇の花弁は鮮やかな深紅へと変化する。

「この様にな」

 魔王の瞳と同じ色に染まった深紅の薔薇を手折り、彼は理子の左耳の上へと挿した。

「リコの国には青い薔薇は無いのか?」

 青い薔薇の中に異質な深紅。
 深紅の薔薇を髪に挿した理子も異質な存在となり、魔王は満足そうに笑う。

 その笑みに、心臓がドキリッと跳ねた。

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