くたびれOL、魔王様の抱き枕を拝命いたしました!?
 昼間と同じ部屋、魔王の寝室の隣室へと通された理子は、淹れてもらった夕食後の紅茶を一口飲んで小さく息を吐いた。

「我が儘言ってしまってごめんなさい。昼間、頂いたお料理が美味しくて食べ過ぎてしまったので、あまりお腹が空いて無くて。お夕食も美味しかったです」

 昼食を摂る時間が遅かった上に食べ過ぎてしまい、メイド達にお願いして夕飯はフルコースでなく、スープ、パン、メインの魚料理みにしてもらった。
 それでも結構な量があったのだから、魔族は大食漢なのだろう。

 側に控えるメイド達には、口に合ったか、体調が悪いのか、と何度も聞かれてしまい理子は苦笑いを浮かべた。

「いいえ、お気になさらないでください。貴女様は人族ですから」
「準備と片付けを気にして頂くだなんて。私達への御心遣いに、わ、私、感激してしまいましたわ」

 無表情のメイド達の声は震え、綺麗な瞳から涙が零れ落ちる。
 彼女達は常に無表情でいても実は感情豊かのようで、理子は慌てて立ち上がった。

(どうしよう、泣かせちゃった。魔王様、はまだ戻らないのね)

 不承不承、他国の大使との会食へと向かった魔王はどんな豪華な夕食を食べているのだろうかと、彼の私室へ繋がる扉を見ながら理子は薔薇園での出来事を思い返していた。



 ***



 薔薇園のガゼボに置かれたベンチに座り、魔王に膝枕をして小一時間程経った頃。

「チッ」

 うとうとしていた理子の耳に舌打ちの音が届き、ぼんやりしていた意識が浮上していく。理子が身動ぎをした時、膝枕をしていた魔王が上半身を起こした。

「魔王様?」

 どうしたのか訊ねる前に、魔王に肩を引き寄せられて理子の体は彼の腕の中へ落ちた。
 魔王の視線の先は理子では無く、ガゼボの外、日が暮れつつある空にある。
 空に何かあるのかと、理子も橙色に染まった空を見上げた。

 ピシッ!

 突然、夕焼け空が透明の硝子のようにひび割れた。

 パリンッ!

 ひび割れはビシビシ音を立てて広がり、ついには割れ落ちていく。
 硝子のような物が割れ落ち、地面に触れる前に溶け消えた。
 空に開いた穴から、黒い烏が飛び込んで来てガゼボへ向かって一直線に進んで来る。

「お邪魔しま~す」

 黒い烏は、ガゼボに居る魔王に向かって目を細めて笑った。

「フンッ、邪魔だと分かっているなら来るな」

 冷たい魔王の声が頭上から聞こえ、理子は烏をよく見るために体を反転させようともがく。
 魔王の胸に手を置いて彼との距離をとろうとしても、背中へ回された腕の力は緩まず強まっていく。
 離れることを諦め、首を動かして背後の様子を伺った。

 烏はガゼボの側へと降り立つと同時に、体がほどけるように粒子となり人形へと変化する。
 現れたのは、貴族が好みそうな上品な黒の燕尾服を着た、見た目は若い男性。
 青銅色の肩より長い髪を黒いリボンで括って、少し垂れ気味の目元が柔和な印象を与える。だが、その茶色い瞳に宿る鋭い光が、男性がただの優男ではないことを物語っていた。

 派手な登場の仕方から、彼も魔族なのかと理子は体を固くした。
 魔王に肩を抱かれたまま、緊張している理子に気付いた男性は柔らかな笑みを向ける。

「初めまして、僕はこの国の宰相、キルビス・モルガンと申します。仕事を途中放棄しやがった魔王様を引っ捕らえに来ました」
「私は山、むぐっ」

 名乗られたから返さなければと、開いた理子の口元に魔王の手のひらが当てられ、言葉を遮られる。
 申し訳無いと目線で訴えると、キルビスと名乗った男性は肩を竦めた。

「随分、探したんですよ、魔王様? 上手く結界を張り巡らしやがって」

 明るい声色で言うキルビスの目は全く笑っていない。
 理子の頭上から、魔王が鼻で笑う音が聞こえた。

「責務は果たした筈だが? 後は貴様でも対処出来るだろうが」
「責務? この後の会食もそうだろ? サボるなよ魔王様」

 苛立ちが漏れ出ているキルビスは、相当魔王を探し回ったのだろう。

「あの鬱陶しい女と会食しろと?」
「鬱陶しい女でも、一国の王女で大使ですから。僕も王女の相手はもう嫌で、イライラして殺したくなっちゃうんで、魔王様が戻って仕事してください」

 一気に空気張り詰め、周囲から音が消える。
 薔薇園には突風が吹き出し、魔王と宰相、二人の間に鋭い不穏な空気が流れた。
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