くたびれOL、魔王様の抱き枕を拝命いたしました!?
「……魔王様、お仕事なのでしょう?」

 一触即発の雰囲気の中、理子は恐怖を感じるより呆れてしまった。
 一国の王が仕事を部下に押し付け、女とイチャイチャするとは何のつもりだ。

「王様が職務放棄は駄目ですよ。仕事に戻ってください」

 魔王を見上げて彼と目を合わせて言う。

「何だと?」

 まさか理子に言われるとは思わなかったのだろう、魔王の眉間に皺が寄る。

「仕事をしてください。部下に迷惑をかける上司は嫌われますよ」

 負けじと睨めば、肩に回されたままの魔王の腕に力がこもる。

「………分かった」

 数十秒の睨み合いの後、不承不承といった体で魔王は頷く。
 二人のやり取りを見ていたキルビスは、ブハッと笑いだした。

「ほらほら、可愛いお嬢様に嫌われちゃう前に、戻りやがれ魔王様」
「貴様……」

 殺気混じりでキルビスを睨み、暫時思案した魔王は腕を外して漸く理子を解放して立ち上がった。

「面倒だが、さっさと終わらせるぞ。お前は部屋で待っていろ。キルビス、貴様は破った結界を直して強化しておけ」

 幼い子供にするみたいに、魔王は理子の頭を一撫でしてガゼボを出た魔王は、転位陣を展開し一瞬のうちに薔薇園から姿を消した。

「ちっ、くそ魔王が。めんどくせえ」

 魔王が消えた空間へ悪態を突くキルビスは、理子に向き直ると、一変してにこやかな笑みとなる。

「ご協力感謝いたします。未来のお妃様」

 キルビスに、深々と頭を下げられ呆気にとられて固まる理子をよそに、彼は転位陣を展開して姿を消した。



 ***



 夕食後、理子はゆっくり湯船に浸かりメイド達に全身マッサージをしてもらい、全身の凝りと疲れが取れて弾力のある艶々の肌となった。

「魔王様」

 理子が寝室へ向かうと、先に戻っていたらしい魔王は既に寝間着に着替えており、ソファーに腰掛けていた。

「お仕事お疲れ様です」
「リコ」

 気怠そうに半眼伏せたまま、ソファーに座った魔王は理子に向かって右手を伸ばす。

 気怠そうな表情で寝間着をはだけさせて魔王は、昼間よりも色気増量で内心ドキドキしながら理子は彼の元へ向かった。
ソファーの前まで行くと、半乾きだった理子の髪をあたたかい風が包み込み、一瞬で水気を飛ばし乾かす。
 艶々さらさらに乾いた髪から仄かに香るのは、ベンゾイン、安息香のバニラに似た甘い香り。

 薔薇園でうたた寝をするくらい気怠くて眠いはずなのに、魔王は理子の髪を乾かしてくれる。
 その事実に、理子の胸の奥もほんわかあたたかくなった。

「わっ」

 突然、右手を引かれて理子の体は魔王の上に倒れ込んでしまった。

「魔王様? びっくりするでしょう」

 まるで昼間の、薔薇園での再現のようで理子は焦る。
 あの時は、薔薇の香りに酔っていたし宰相が居たから焦らなかったが、夜の妖しい雰囲気を放つ魔王相手ではヒシヒシと身の危険を感じていた。
 離して欲しくてもがいても、肩に回された腕はびくともしないし、魔王は理子の艶々になった髪を片手で弄ぶ。
 弄られる度、鼻孔を擽る甘いバニラの香りに理子は「あれ?」と気が付いた。

(安息香の香りは、リラックスの効果があるって香織が言っていたような……?)

 友人の香織はアロマが好きで、時折アドバイスとともに精油を希釈したスプレーをくれるのだ。
 以前、落ち込んでいた時に貰ったのはバニラのような甘いベンゾインの香り。
 効能は、リラックス、緊張やストレスをやわらげて、気持ちを落ちつけてくれる。前向きな気持ちを取り戻すきっかけを与えてくれる、と教えてもらった。
 密着している魔王の体からは、爽やかな花の香りのみで甘い香りはしない。
 それは、何を意味するのか。
 顔を上げれば、気怠そうな魔王の赤い瞳と視線がぶつかる。

「会食はどうだったんですか?」

 気になって訊けば、あからさまに魔王は顔を顰めた。
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