くたびれOL、魔王様の抱き枕を拝命いたしました!?

5.温泉旅行の夜

 連休明けの月曜日。

 ただでさえ月曜日はエンジンのかかりが遅く憂鬱だ。
 今日は、朝から雨が降っているせいで、湿気と蒸し暑さで職場の空気は重い。

(またやっている……)

 他部署のトラブルもあってなかなか仕事が進まない上に、先日のお食事会後から晴れてお付き合いを開始したらしい伊東先輩と後輩の田中君が二人でアイコンタクトをしているのを見る度、理子のイライラは増していく。
 気分転換を兼ねて給湯室でアイスコーヒーを作り、皆が自由に飲めるようにと保冷ポットへと注ぐ。

「手伝うよ」

 給湯室の出入り口に立っていた山本さんがすれ違いざまに、理子の手からスルリと保冷ポットを抜いて持った。

「山田さん、今日の夜は暇?」

 他の同僚に聞こえないように、耳元で訊かれ心臓が跳ねる。

「ごめんなさい。今日は先約があって」
「そっか、じゃあ俺が出張から帰って来たらまた誘うね」

 ニカリッと歯を見せて笑い、山本さんはアッサリと引き下がった。

 無理強いはしない、爽やかで優しい男性。
 彼と仲良くなってお付き合い出来たら毎日幸せだろう。それなのに、どうして誘いを断ったのだろうかと自分でも首を傾げる。
 何故、ポットを持ってくれた時に彼と手が触れて焦ったのだろうか。
 何度自分自身へ問いかけても、答えは見つからなかった。



 電車のガード下にある居酒屋は、月曜日なのに仕事帰りのサラリーマンで賑わっていた。
 職場の湿気は気になったのに、居酒屋の湿気と熱気は気にならないのは不思議だ。

「ふーん、山本さんといい感じじゃない。チャンスなのに断って良かったの?」

 ビールジョッキを片手に持った香織に、給湯室での出来事を伝えれば彼女は目を細めて溜め息を吐く。

「今日の夜は香織とデートの約束でしょ」

 先約を優先する、とか偉そうに言っても実は、山本さんと二人きりになるのが不安だっただけと自覚していた。

「フラグより女の友情かぁ理子愛してるっ」
「山本さんはイイ人って分かっているんだよ。だけど、私は……」

 もしも、山本さんが同僚以上の関係を望んだらどうする? 殺人監禁宣言をした魔王が何をするのが分からない。
 それ以上に、自分の気持ちが分からなかった。

「色々あったから迷っているの? それとも他に好きな人がいるの?」

 香織の言葉に理子の頭の中が真っ白になった。
 好きな人と言われて脳裏に浮かんだのは、銀髪赤目の嫌味なくらい綺麗な男だったからだ。


「まー君ったらヒドイんだよ~」

 酒が入り素面の時よりも饒舌になった香織は、仕事の愚痴からついには婚約者への愚痴を吐き出す。
 理子からすれば、婚約者のまー君は優しくて香織一筋で羨ましいくらいだ。
 しかし、彼女には細かな部分が気に入らず不満があるらしい。

「それは仕方ないよ。ノロウイルスは大変だし、入院するくらい重症なら代理での出張は許してあげなよ」

 今、香織が愚痴っているのはノロウイルスに感染し、酷い嘔吐下痢症状で入院となった同僚の代理で出張へ行く事になった不満。
 それは仕方ないでしょと、理子は苦笑いをしてしまう。
 例え、懸賞で当たった温泉旅行に行けなくなったとしても、緊急の仕事なら仕方がないと思うのだが。
 懸賞で当たった旅行ならキャンセル料も無いだろうし、いっそのこと他の人と行けばいいじゃないか。

「親孝行として、お母さんと一緒に行けばいいじゃない?」
「母さんと行っても楽しくない。じゃあさ、理子は暇?」

 冷酒の入ったコップをテーブルに置いた香織は、ずいっと上半身を乗り出した。

「私? 暇と言えば暇だけど」

 温泉には行きたい。しかし、理子が不在だったせいで寝不足で不機嫌になった魔王は何て言うか。
 事前に伝えれば、添い寝をしてくれる女の人を見付けるかもしれない。
 まったく一人寝が寂しいとか、お子様で困った魔王だ。

 考え込んでしまった理子に、香織は意味深に笑う。

「もしかして、山本さんとデート?」
「デ、デートじゃないよ。ただ、私でいいのかなって思っただけ。香織が良ければ一緒に連れて行って」

 棚ぼた的な誘いを受けて、理子と香織は温泉旅行の話に花を咲かす。

(たまには抱き枕扱いされずに、一人でゆっくり寝たいもの)

 たまにはゆっくり女同士で温泉に浸かって、魔王に喚ばれずに一人布団で眠りたいのも本音だった。
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