くたびれOL、魔王様の抱き枕を拝命いたしました!?
 婚活本を燃やされからかわれて焦ったせいで、温泉旅行のことを伝え忘れた翌日。

 会社から自宅へ帰る途中、香織と行く温泉旅行で着ていく服でも見るかと最寄り駅の駅ビルに立ち寄った理子は、雑貨を取り扱っている店舗前で足を止めた。
 枕カバーやマイマスク等、安眠グッズを取り扱っている場所の一角に、ラックに並べられたピンク、青、赤の色とりどりの同体が長い動物もどきに手を伸ばす。

「ブサ可愛いってやつ?」

 ピンク色をした気の抜けた表情のウサギもどきは、低反発の抱き枕らしい。

「コレ、いいかも」

 ぎゅうっと抱き締めてみると、程よい固さと低反発ならではの抱き心地の良さに理子はにやけてしまった。

 自宅へ帰り、夕飯を食べて入浴を済ませた理子は寝巻きに着替えた。
 洗面所から部屋へ戻ると足元に展開する召喚陣の気配に気付き、慌ててベッド上に置いてあったウサギもどきの抱き枕をわし掴む。

 ぼよんっ

 両手でウサギもどきの抱き枕を抱いているせいか、上手く受け身が取れずに理子は顔面からベッドへダイブした。
 ノーガードで顔面を打ったため何時もより痛む、額と鼻を片手で擦りながら体を起こす。

「魔王様、こんばんは」
「ああ」

 椅子に座っている魔王は、理子が抱えているウサギもどきに怪訝な視線を向ける。

「……何だそれは?」

 呆れ混じりの魔王の声には「また変なものを持ってきたな」という響きが混じっていた。

「これ? 可愛いでしょう?」

 小馬鹿にしたように鼻で嗤われたが、気にせずに理子はウサギもどきを抱えてベッドから下りる。

「じゃーん、このウサギは抱き枕なんです!」

 椅子に座る魔王に見せるために、抱えていたウサギもどきを顔の前に掲げる。体長約一メートルのウサギもどきの短い足がプルプル震えた。

「魔王様にあげます」
「……何故だ?」

 譲渡されるとは想定外だったのか、たっぷり間を開けてから魔王は問う。
 普段表情を崩さない魔王の微妙に引きつった顔を見られた理子は、ふふっと笑った。

「今度の週末、二日後ですが、友達に誘われて温泉旅行に行くことになったんです。一泊だけど部屋には居ないし、友達と一緒だから喚ばないでくださいね。って事で魔王様にあげます」

 微妙な表情は一瞬のみで、直ぐに普段のポーカーフェイスへ戻した魔王は、肘掛けに肘をついて理子を見上げた。

「温泉旅行? それが何故、これなのだ」
「抱き枕があれば一人で寝ても寂しく無い、あ、いや、魔王様が寂しがり屋とは言っていません。ぎゅーってすれば気持ちいいんですよ。不細工だけど可愛いでしょ?」

 にっこりと笑顔で理子はウサギもどきを両手で抱き締める。
 低反発素材の感触とウサギもどきのふわもこが合わさって、抱き締めると最高に気持ちいい。

「我にこれを抱いて寝ろと……?」

 ワントーン低くなる声色と、魔王の表情がすぅーと陰っていく。

「ええっと、抱き心地はいいです、よ?」

 無表情になった魔王からの迫力が恐くて、理子の言葉は尻窄みとなってしまった。折角買ったのに、やはり使ってはくれないか。

「ごめんなさい。いらないなら誰かにあげてください」

 はぁーと息を吐いて、理子はウサギもどきを抱き締めた。
 無表情のままの魔王から発せられる圧力が消え、彼の指が半乾きのままの髪に触れる。

「リコ、お前が此処で使えばいい」
「魔王様に使って欲しいのになぁ」

 拗ねて唇を尖らせれば、魔王はニヤリと口の端を吊り上げた。

「灰になるぞ」
 灰になるのは、ウサギもどきの抱き枕か、それとも理子か。
 昨夜、魔王によって灰と化した可愛そうな婚活ガイドの冊子が脳裏に浮かび、理子は青ざめた。

「それに、我には、愛用している抱き枕が既にあるからな」

 クッと笑いながら、真っ直ぐに魔王は理子を見詰めた。

(魔王様、抱き枕って使っていたかな?)

 意味深な言い回しに首を傾げ、ハッと気付いた。既にあるという抱き枕とは、もしや。

「私の事かー!」

 抱き締めていたウサギもどきをつい放り出してしまった。

 今までの扱われ方からして、そうだろうなとは分かってはいたが魔王の口から聞かされると、少々、いやかなりショックだった。
 フンッと、鼻を鳴らした理子は魔王に背を向けて床に放り出したウサギもどきを拾う。
 もふもふの頭を撫でて、二度抱き締める。

(もう魔王なんて知らない。今夜は、ウサギもどきを抱き締めながら床で寝てやるんだから)

「リコ」

 ふわり

 魔王に名を呼ばれると同時に、理子をあたたかい風が包む。
 半乾きの髪が瞬時に乾き、艶さらになった髪からは、柑橘系の甘く爽やかな香りが仄かに香る。

「そうふくれるな」
 
 さらさらと、魔王の長い指先が理子の髪を手櫛で鋤く。

「お前の傍らは寝心地が良いから、他のものは必要無い」

 耳元で色っぽく囁かれてしまえば、心臓は恥ずかしさと嬉しさで早鐘を打つ。
 これは狡いと思う半面、謝罪じゃなくとも彼に甘く囁かれただけで許してしまう。
 誤魔化されたと思いつつも、腰に回された腕に理子はあっさりと絡めとられてしまうのだった。

 こうして、新しい抱き枕計画はあっさり失敗し、ウサギもどきは理子の抱き枕となったのだった。
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