くたびれOL、魔王様の抱き枕を拝命いたしました!?
 日付が変わるまで続いた二人だけの夜宴は、酔いと眠気が勝ったために終了となった。

 まーくんからの連絡が来ないと、半ば自棄になってアルコール度数が高い酒を飲み続けて酔い潰れた香織は、一足先にベッドで眠っていた。

 理子はテーブルの上と床に転がる酒瓶と缶をビニール袋に入れ、一纏めにして片付ける。

「魔王様、一人で寝ているのかな」

 呟いて、はぁと息を吐く。
 屈んだせいか、酔いがまわったらしく視界がぐらぐら揺れる。
 揺れる視界に理子は堪らず近くの椅子へ座った。

「あれ……?」

 グニャリ、視界が歪み目を瞑ってこめかみを押さえる。
 揺れる感覚は続き、はしゃいで飲み過ぎたかと苦笑いした。

「えっ?」

 突然、俯く理子の肩に力強い腕が回されて、ぐいっと抱き寄せられた。

「酒臭い」

 驚く間もなく、理子の耳に聞き覚えのある低音で色気のある声が届く。
 酒臭いのは先程まで酒盛りをしていたからで、体臭ではない、と反論しかけてハッとなる。

「魔王様? 何で?」

 首を巡らせて見れば、今居るのはホテルの可愛らしい部屋ではなく、魔王の寝室だった。
 いつの間に喚ばれたのか。全く分からなかった。

「もしかして、魔王様は寂しくなったの?」

 寂しいから喚んだのかと、嬉しくなった理子はニヤニヤと笑ってしまった。
 魔王はむっと眉間に皺を寄せ、理子を睨む。

「黙れ」
「奇遇ですね。私も、寂しいなーって思っていたところなんです。魔王様と一緒だったらいいのにって」

 寂しいと思ったから魔王に会えたのか。
 それとも、これは夢で椅子に座って眠ってしまったのかもしれない。

「リコ」

 何故だか名前を呼ぶ魔王の声が甘い。
 あまり回らない頭で、ボンヤリ考えていた理子の右頬に大きな手のひらが添えられる。
 アルコールのせいで火照った頬に、ひんやりした手のひらが気持ちよくて目を細めた。

 ふわりっ

 優しい風が一瞬理子を包み込む。
 風がおさまった後は、理子の体からアルコールやつまみの匂いが消え、爽やかなミントの香りが髪からほのかに香った。

「魔王様」

 右頬に添えられたままの魔王の手に、自分の手をそっと重ねる。

「私、魔王様の名前を知らない」

 頭一つ分背が高い魔王の赤い目を見ようと、理子はじっと彼を見上げた。

「魔王様のお名前は、何というの?」
「我の名だと? ああ、名乗ってなかったな」

 今やっとその事に気付いたと、魔王は微かに笑う。

「我の名は……シルヴァリス。シルヴァリス・ダノ・ルマルキア」
「シル、シルヴァリスさま? 綺麗な響きのお名前ですね」

 へらりと笑う理子に、魔王の赤い瞳が揺れる。

 長い名前、フルネームは一度では覚えきれそうにもない。
 ファーストネームだけは覚えようと、理子は何度か「シルヴァリス」と心の中で復唱する。

(私、魔王の名前を呼んだんだ)

 胸の奥がじんわりとあたたかくなった気がした。
 魔王の名前を知れたことが嬉しく、満面の笑みを浮かべた。

「リコ、もう一度我の名を呼べ」
「シルヴァリス様」

 ふっと、魔王様、もといシルヴァリスが目を細めて微笑む。
 冷笑でも嘲笑でもない、優しいやわらかい微笑に理子の心臓はドキリッと跳ねた。

 右頬に添えられた手のひらが滑って顎を掴む。あっ、と思う間も無く、理子の唇に口付けが降ってきた。
 二度、三度とされる口付けに理子の頭はすっかりふやけてしまい、頬は熱を持って真っ赤に染まる。

「早く変容を終え、全て我のものとなれ」

 艶を含んだ赤い瞳に見下ろされて、近付いてきた唇は理子の頬を掠めて耳元で色っぽく、囁く。
 色気全開のシルヴァリス様に堪えきれず、理子は抱き締めてくる彼の腕にしがみついてしまう。

 魔王の真名を呼べるのは、彼に選ばれた者だけ。 
 その事実を理子が知り自分の立ち位置の変化に気が付くのは翌日の事。

 理子が魔王の名を呼んだ瞬間、二人の関係は確実に変化したのだった。
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