くたびれOL、魔王様の抱き枕を拝命いたしました!?
アネイル国大使が訪問するという忙しい日。
執務室から消えて戻ってきた魔王は消える前より格段に機嫌が良くなっていた。
くそ魔王が! と叫びたかったが、後のことを考えてグッと堪える。
魔王と大使の謁見が終了した後に、もっと苛つく相手が出来たからだ。
「キルビス様! 魔王様はどちらに行かれましたの?」
客間の椅子に腰掛け、淑女らしからぬ甲高い声で喚くのは、アネイル国の大使として魔国へ来た第二王女。
緩いウェーブがかった金色の髪に水色の瞳をした人にしては強い魔力と綺麗な顔立ちの王女は、見た目だけは麗しい上に魅了の力を持つ魔王に一目で心を持っていかれたらしい。
アネイルの王は見目が良く強い魔力を持つ王女を大使に据えて、あわよくば魔王に取り入ろうと考えたのだろう。
下心が見え見えだとキルビスは声に出さず笑ってしまった。
頭の中が御花畑な王女と、緊張した面持ちで彼女を見守るお付きの者達をキルビスは冷めた目を向ける。
王女程度の魔力の持ち主など魔貴族の中では珍しくもない。この程度の魔力では、魔王に取り入って抱かれても彼女の体は魔力に耐えきれず内部破壊を起こす。
「魔王様は、執務でお疲れのため自室でお休みになっています。魔王様の許可無く自室へは行けません。危険ですよ」
苛立ちを隠して張り付けたにこやかな仮面を外さずにキルビスは答える。
脳内では、面倒な王女の相手を押し付けていきやがった魔王をタコ殴りにしていたが。
「まぁ大変! わたくしがお慰めいたしますわ」
片手で口を覆う王女の芝居がかった仕草に、キルビスのこめかみに青筋が浮かぶ。
(この女、今魔王に近付いたら危険だと言っただろうが!)
魔王は嫌悪感を抱いた相手には容赦はしない。
そして今、魔王はお気に入りの娘との逢瀬に勤しんでいる。
逢瀬の邪魔をしようものなら、王女だから簡単には消しはしないだろうが、アネイルにとって良い結果にはならない。
「姫様、御気遣いありがとうございます。しかし、申し訳ありませんが、魔王様の自室へは何重もの結界が張り巡らされているため、簡単には入れませんよ。許可を得ずに向かえば、結界に阻まれて貴女は死にます」
死ぬぞとハッキリと言ってやれば、王女の側仕え達はギョッと目を剥く。
お前らの大事な姫君を止めろ、と視線で側仕え者達へ伝える。
「大丈夫ですキルビス様! わたくしがお伺いすれば、きっと魔王様はお部屋へ招き入れてくださいますわ。魔王様のお部屋まで案内してくださいませ!」
ぶちんっ
頭の中で忍耐の糸が切れる音が響く。
苛立ちが最高値に達したキルビスは、座っていた椅子から立ち上がった。
(もういい。この喧しい女を殺そう)
魔王の逆鱗に触れた事にしてしまえばいい。
結果、戦争になったら責任をとって自分一人でアネイルを叩き潰せばいい。
「馬鹿女が。殺すか」
キルビスの纏う雰囲気が変わったのに気付いた王女は、驚きのあまり口をポカンと開ける。
口が半開きという間抜けな表情に少しだけ溜飲が下がるが、キルビスの苛立ちは消えない。
王女という立場以外は何も無い、馬鹿な女を魔王が娶る訳がないだろう。
それ以前に、何の利にもならない女を宰相であるキルビスが魔王に近寄らせるなどしないだろう。
「ひ、姫様、宰相殿を困らせてはなりません」
顔色を蒼白にした護衛騎士が王女に耳打ちする。
「えっ、わ、分かりましたわ」
「では、僕は下がらせていただきます。ごゆるりとおくつろぎください」
(頭を下げて主の非礼を詫びる騎士達に免じ、今回だけは許してやるか)
キルビスは柔和な笑みの仮面を貼り付けて退室の礼をとった。
仕事を放り出して消えた魔王を探していた時、庭園を探らせていた部下から情報が入りキルビスは烏に変化した。
まさか薔薇園にいるとは、先代魔王の結界を解除するには時間がかかるのに。
烏の姿のまま舌打ちする。
(仕方ない、結界は力付くでぶち破るか)
結界を破る直前、魔王がキルビスの接近に気付いて舌打ちをしたのが分かって、してやったりと嗤う。
薔薇園で魔王とイチャイチャしていたのは、やはり人族の女だった。
艶やかな黒髪に黒曜石のような瞳の、良くも悪くも普通の女。
大きな瞳がくるくると動いて、可愛いとは思うが目を惹くような特徴は無い。
ただ、普通の女のくせに仕事を放棄した魔王を叱るわ、圧力にも屈することない豪胆さは好意を持てた。
魔王が彼女に飽きて手放すのならば、自分が貰い受けようかと思うくらい。
「未来のお妃様」
転移陣を展開する前、冗談半分で言った台詞に頬を赤く染めて口をパクつかせる姿は、金魚みたいで可愛らしいと感じた。
少なくとも、馬鹿な王女よりはずっと受け入れられる、が……
「……本人は望んでいないだろう。可哀想なお嬢さんだ」
あの娘は魔王から与えられる魔力によって、肉体のほとんどが変容させられていた。
魔王の強大な魔力を与えられて、彼女の精神が歪んでいないのが信じられない。
この目で見ても信じられないことに、魔王は細心の注意を払って慎重に事を進めているのだろう。
だが、あそこまで変えられてしまっていてはもう彼女は人には戻れない。
自分の兄弟を皆殺しにして魔王に即位したくらい非情な男に、これ程大事にされてしまったら今後人の世では暮らしていくのは許されない。
所有印を刻まれた上、肉体を変容させて己の魔力に馴染ませるという手間をかけてまでして、魔王が手に入れようとしている女。
そこまでするくらい魔王に執着されていたら、もう逃げられないだろう。
(可哀想で幸せな娘だ。だが、魔王が娘を望む限り利用価値はある。このまま頑張って魔王を惹き付けて夢中にさせていてくれよ)
近い将来、魔王の周辺が変化しても対応出来るよう、予算と人員の配置を考えなければ。
魔王の執務室へ向かう道中、魔王の機嫌を損ねず周囲の老害達に勘ぐられないよう事を進めるため、思考を巡らしていた。
執務室から消えて戻ってきた魔王は消える前より格段に機嫌が良くなっていた。
くそ魔王が! と叫びたかったが、後のことを考えてグッと堪える。
魔王と大使の謁見が終了した後に、もっと苛つく相手が出来たからだ。
「キルビス様! 魔王様はどちらに行かれましたの?」
客間の椅子に腰掛け、淑女らしからぬ甲高い声で喚くのは、アネイル国の大使として魔国へ来た第二王女。
緩いウェーブがかった金色の髪に水色の瞳をした人にしては強い魔力と綺麗な顔立ちの王女は、見た目だけは麗しい上に魅了の力を持つ魔王に一目で心を持っていかれたらしい。
アネイルの王は見目が良く強い魔力を持つ王女を大使に据えて、あわよくば魔王に取り入ろうと考えたのだろう。
下心が見え見えだとキルビスは声に出さず笑ってしまった。
頭の中が御花畑な王女と、緊張した面持ちで彼女を見守るお付きの者達をキルビスは冷めた目を向ける。
王女程度の魔力の持ち主など魔貴族の中では珍しくもない。この程度の魔力では、魔王に取り入って抱かれても彼女の体は魔力に耐えきれず内部破壊を起こす。
「魔王様は、執務でお疲れのため自室でお休みになっています。魔王様の許可無く自室へは行けません。危険ですよ」
苛立ちを隠して張り付けたにこやかな仮面を外さずにキルビスは答える。
脳内では、面倒な王女の相手を押し付けていきやがった魔王をタコ殴りにしていたが。
「まぁ大変! わたくしがお慰めいたしますわ」
片手で口を覆う王女の芝居がかった仕草に、キルビスのこめかみに青筋が浮かぶ。
(この女、今魔王に近付いたら危険だと言っただろうが!)
魔王は嫌悪感を抱いた相手には容赦はしない。
そして今、魔王はお気に入りの娘との逢瀬に勤しんでいる。
逢瀬の邪魔をしようものなら、王女だから簡単には消しはしないだろうが、アネイルにとって良い結果にはならない。
「姫様、御気遣いありがとうございます。しかし、申し訳ありませんが、魔王様の自室へは何重もの結界が張り巡らされているため、簡単には入れませんよ。許可を得ずに向かえば、結界に阻まれて貴女は死にます」
死ぬぞとハッキリと言ってやれば、王女の側仕え達はギョッと目を剥く。
お前らの大事な姫君を止めろ、と視線で側仕え者達へ伝える。
「大丈夫ですキルビス様! わたくしがお伺いすれば、きっと魔王様はお部屋へ招き入れてくださいますわ。魔王様のお部屋まで案内してくださいませ!」
ぶちんっ
頭の中で忍耐の糸が切れる音が響く。
苛立ちが最高値に達したキルビスは、座っていた椅子から立ち上がった。
(もういい。この喧しい女を殺そう)
魔王の逆鱗に触れた事にしてしまえばいい。
結果、戦争になったら責任をとって自分一人でアネイルを叩き潰せばいい。
「馬鹿女が。殺すか」
キルビスの纏う雰囲気が変わったのに気付いた王女は、驚きのあまり口をポカンと開ける。
口が半開きという間抜けな表情に少しだけ溜飲が下がるが、キルビスの苛立ちは消えない。
王女という立場以外は何も無い、馬鹿な女を魔王が娶る訳がないだろう。
それ以前に、何の利にもならない女を宰相であるキルビスが魔王に近寄らせるなどしないだろう。
「ひ、姫様、宰相殿を困らせてはなりません」
顔色を蒼白にした護衛騎士が王女に耳打ちする。
「えっ、わ、分かりましたわ」
「では、僕は下がらせていただきます。ごゆるりとおくつろぎください」
(頭を下げて主の非礼を詫びる騎士達に免じ、今回だけは許してやるか)
キルビスは柔和な笑みの仮面を貼り付けて退室の礼をとった。
仕事を放り出して消えた魔王を探していた時、庭園を探らせていた部下から情報が入りキルビスは烏に変化した。
まさか薔薇園にいるとは、先代魔王の結界を解除するには時間がかかるのに。
烏の姿のまま舌打ちする。
(仕方ない、結界は力付くでぶち破るか)
結界を破る直前、魔王がキルビスの接近に気付いて舌打ちをしたのが分かって、してやったりと嗤う。
薔薇園で魔王とイチャイチャしていたのは、やはり人族の女だった。
艶やかな黒髪に黒曜石のような瞳の、良くも悪くも普通の女。
大きな瞳がくるくると動いて、可愛いとは思うが目を惹くような特徴は無い。
ただ、普通の女のくせに仕事を放棄した魔王を叱るわ、圧力にも屈することない豪胆さは好意を持てた。
魔王が彼女に飽きて手放すのならば、自分が貰い受けようかと思うくらい。
「未来のお妃様」
転移陣を展開する前、冗談半分で言った台詞に頬を赤く染めて口をパクつかせる姿は、金魚みたいで可愛らしいと感じた。
少なくとも、馬鹿な王女よりはずっと受け入れられる、が……
「……本人は望んでいないだろう。可哀想なお嬢さんだ」
あの娘は魔王から与えられる魔力によって、肉体のほとんどが変容させられていた。
魔王の強大な魔力を与えられて、彼女の精神が歪んでいないのが信じられない。
この目で見ても信じられないことに、魔王は細心の注意を払って慎重に事を進めているのだろう。
だが、あそこまで変えられてしまっていてはもう彼女は人には戻れない。
自分の兄弟を皆殺しにして魔王に即位したくらい非情な男に、これ程大事にされてしまったら今後人の世では暮らしていくのは許されない。
所有印を刻まれた上、肉体を変容させて己の魔力に馴染ませるという手間をかけてまでして、魔王が手に入れようとしている女。
そこまでするくらい魔王に執着されていたら、もう逃げられないだろう。
(可哀想で幸せな娘だ。だが、魔王が娘を望む限り利用価値はある。このまま頑張って魔王を惹き付けて夢中にさせていてくれよ)
近い将来、魔王の周辺が変化しても対応出来るよう、予算と人員の配置を考えなければ。
魔王の執務室へ向かう道中、魔王の機嫌を損ねず周囲の老害達に勘ぐられないよう事を進めるため、思考を巡らしていた。