くたびれOL、魔王様の抱き枕を拝命いたしました!?
 ロゼンゼッタ家は魔貴族でもかなりの権力を持った侯爵家だった。 魔王の婚約者候補とされていたならば、ベアトリクスは魔貴族の中でも高貴な身分と魔力を有した令嬢といえる。

「魔王様が選ばれたのが人で、それも異世界から来た方とは、リコ様を直接お目にするまでは信じられませんでしたわ」

 ベアトリクスに異世界人だと言われて理子は目を丸くした。マクリーン侍女長も異世界人ということを知っていた気もする。

「私が異世界から来たと分かるのですか?」
「ええ、リコ様はこの世界の人族とも違う波長をお持ちですから、強い魔力を持つ者なら感じ取れますわ」

 ベアトリクスの口振りから、魔王が彼女に自分の事を伝えたわけでは無いらしい。
 魔王と彼女は親しい関係では無いと安堵していることに気付き、理子はテーブルクロスで隠れた手を握り締めた。

「ベアトリクス様は、私が魔王様の側に居て不満では無いのでしょうか?」

 だから、調子に乗るなと警告をしに此処まで来たのではないのか。
 理子の言いたい事を察したベアトリクスは「ふふふっ」と声を出して笑う。

「わたくしは、生まれながら強い魔力を持っていたため、幼い頃より魔王様の妃、魔国の王妃に選ばれるよう育てられました。魔王様は完璧な美しさと魔力をお持ちのお方。魔王に即位してから二十年余り経ちますが、未だに妃を娶られておりません。だからこそ魔族の女性は皆、魔王様に憧れて魔王様の寵を得ようと争い、そして畏れていますわ」

 あれだけ綺麗な容姿をしている魔王なのだ。女性が恋い焦がれるのも頷ける。
 魔族は力がある者がより上位に立てるというから、魔族の女性が魔王に憧れるのも当然だ。
 以前、魔王も女には不自由していないと言っていたじゃないか。
 分かっていても、見目麗しいベアトリクスに直接言われるのは堪える。

(私が並んじゃいけない相手。私が正妃候補なんて身の程知らずで、シルヴァリス様とは釣り合わない)

 ぎゅっと唇を結び俯いた理子に向かって、ベアトリクスは柔らかく微笑む。

「リコ様、安心してくださいませ。わたくしは、義務として妃となるのなら受け入れますが、魔王様を愛する自信はありませんの」
「えっ?」

 敵対心を向けられるのだと思っていた理子は、ベアトリクスの発言に驚いてしまった。

「あの方がリコ様にはどう接されているかは分かりませんが、魔王様は他者に対して刃のように鋭く冷徹な方です。
 ご自身が魔王に即位するために、ご兄弟や前王妃様を皆殺しにされたような恐ろしい方。そんな魔王様に嫁いでも、強い魔力に当てられて子を孕む前に死ぬかもしれないですし、孕めても出産に耐えきれずにわたくしが死ぬかもしれません。それほど魔王様の魔力は強大なのですわ」

 身震いしたベアトリクスは両手で自身の肩を抱き締める。

「でも、リコ様は違う。唯一、魔王様から魔力を分け与えられている貴女なら、問題なく魔王様の御子を胎に宿せるはずです。わたくしの親戚に魔王様の側近の者がいるのですが、リコ様のおかげで魔国のお世継ぎ問題も解決しそうだと喜んでいましたよ」
「お世継ぎって、結婚もしていないのに……」

 正妃候補から魔王の子を妊娠する話となり、理子は唖然となる。
 シルヴァリスは以前、自分と同等の魔力を有する女性以外は抱けば死ぬ、ということを言っていた。
 世継ぎを孕むのも生むのも命懸けというのは厳しいし、王族にとって世継ぎ問題はとても重要なことだとは理解できる。
 だが、どうして自分がシルヴァリスの子を生むことを了承していると思うのだ。

(そこに当人達の、私とシルヴァリス様の意思は?)

 勝手に話が進んでいることを知り、理子は開いた口が閉まらなかった。

「それに、わたくしは魔王様のような完璧で完成された殿方より、わたくしが手を加え育てていくような、まだまだ未熟な殿方の方が好みですの」

 恥ずかしそうに、縦ロールを揺らしながらベアトリクスは頬を赤らめる。

「だから、貴女に対して嫉妬も怒りもありません。むしろ喜ばしいと思っております。ただし、他の方は分かりませんことよ? リコ様は魔王様の所有印をお持ちですから下手なことはされないと思いますが、くれぐれも油断されませんようお気を付けてくださいませ。まぁ、リコ様に何かやらかしたら、わたくしの拷問の実験台にして死ぬより苦しい目に合わせて差し上げますわ。そうですねぇ、こんな拷問はどうでしょうか。うふふふ」

 両手を合わせて楽しそうに笑うベアトリクスは、発言が聞こえなければとても可憐な令嬢に見える。
 しかし、彼女の嬉しそうに語る拷問内容のエグさに、理子は震え上がってしまった。
 見た目は可憐な令嬢の好みが、拷問と未成熟な男子とは色々残念だ。
 嗜好が偏っているのは、彼女が魔族だからなのか。

「あの、ベアトリクス様って、青田買いが好きなの?」
「青田? 田園のことかしら?」

 意味が分からず、ベアトリクスは可愛らしく小首を傾げる。
 その仕草は綺麗、より可愛い。
 うっとりした表情で拷問を語る姿はもの凄く怖いが、どうやらこの世界で仲良く出来そうなご令嬢と知り合えたらしい。

「わたくしリコ様とまたお喋りしたいわ。明日もお伺いしてもよろしいかしら?」
「ええ、楽しみにしてます」

 可愛い女の子に上目遣いでお願いされたら断れない。
 本音は、お上品にお茶会するより庭園の陽当たりの良い芝生でゴロゴロしたて、残りのお盆休みをのんびり過ごしたいのに。

(シルヴァリス様に会ったら文句を言わなきゃ!)

 ベアトリクスと談笑をしながら、理子はそう心に決めた。
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