くたびれOL、魔王様の抱き枕を拝命いたしました!?

2.想定外の冒険

「選択肢は与えよう」

 そう言ったはずの魔王は、またもや理子を腕の中へと閉じ込める。
 まるで、拒否などさせないという思いを体現させるように。

 白馬に乗って城へと戻ってベッドへ横になるまで、魔王シルヴァリスは理子を抱き締めて離そうとしてくれなかった。
 脅迫めいた告白をして、彼が今まで抑えていた恐いくらいの理子への執着、独占欲が解放されてしまったのかもしれない。


「お仕事頑張ってください」
「リコ」

 朝食後、シルヴァリスは見送る理子の肩を引き寄せる。
 また抱き締められるのか、と思っていた理子の顎を掴むと、シルヴァリスは軽く触れるだけの口付けを唇に落とした。

 ちゅっ
 固まる理子の唇から唇を離す時に、わざとらしいリップ音を立てられて一気に熱が顔に集中する。

「なっ、なにを……!」

 侍女達も見ているのに何をするのだ。
 口元を押さえて頬を真っ赤にする理子の頭を一撫でしてから、シルヴァリスは上機嫌で寝室を後にした。



 お盆休み二日目。
 午前中の予定に組み込まれてしまった、マクリーンによる王妃教育という名の勉学を終え、昼食を済ました理子は半ば微睡みの中にいた。

 暖かな陽射しが差し込む庭園には、今日も陽光に煌めく見事な金髪縦ロールを揺らす、ベアトリクス侯爵令嬢の弾んだ声が響く。

「それでですねぇ、新しく出来たカフェのフルーツタルトが若い女の子達に人気で、わたくしもラズベリーとブルーベリーが乗ったタルトを……リコ様? どうなさいましたの?」
「えっ?」

 名前を呼ばれた理子は、片足を突っ込みかけていた眠りの淵から覚醒する。
 ベアトリクスが話していたのは確か、季節のフルーツをふんだんに使ったタルトが自慢のカフェの話だったか。

「いえ、美味しそうだなって思って。私も行ってみたいですが、昨日、魔王様に城から出してとお願いしたら却下されちゃったから無理かな」

 悲しそうに口元へ手を当てて、理子はこっそりと垂れた涎を指で拭う。
 暖かな陽射しに負けて、半分寝ていたとはベアトリクスに申し訳なくて言えない。


「まぁ! 魔王様はリコ様の事をとても大事に想われているのですね。素敵です」

 どこをどうしたら魔王が理子を大事にしている事になるのか。閉口してしまう。
 口をへの字に結んだ理子をよそに、ベアトリクスは瞳を輝かせた。

「素敵、かなぁ」

 大事というより、自分の目の届く範囲に置きたいという理由で外に出さないでいるだけじゃないか、と昨夜のシルヴァリスとのやりとりを思い出した理子は渋面になる。

「素敵ですわ。わたくしも大事なモノは厳重に囲っておきたいですもの。大事に閉じ込めて心も体も自分だけのモノにして、独占したいという魔王様のお気持ち、分かりますわぁ」

 うっとりと言う、ベアトリクスは目を細めて頬を染める。
 彼女といい魔王といい、魔族という方々は理子からしたら少々過激な考えや嗜好をお持ちなのか。
 いっそのこと、ベアトリクスが魔王のお妃様になれば、執着する相手を監禁したくなるという想いを理解出来て良いのでは? とすら私は考えてしまった。


「魔王様の許可無くリコ様をお連れするのは無理ですけど……見ることならできますわ」

 渋面のままでいる理子に、ベアトリクスはニッコリと花のような笑みを向ける。

「実は、わたくしの親戚から、城内の立ち入り禁止区域以外の散策許可はいただいていますの」

 得意気に言い、ベアトリクスはドレスをずらして豊満な胸の谷間に手を入れる。
 ギョッとした理子が止めるより早く、彼女は自身の胸の谷間から、500円硬貨を一回り大きくした金色のコインを取り出した。

「今、魔王様は大事な会議ですって。会議中は遮断の結界を張りますから、わたくし達の動きは分からないでしょう。さぁ、城内の散策をしに行きますわよ」

 羨ましいけしからん胸の谷間に大事なアイテムを隠し持つという、大胆な侯爵令嬢はうふふっと口元に手を当てて笑った。

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