くたびれOL、魔王様の抱き枕を拝命いたしました!?
「……様」
夕飯の割引弁当を食べていた理子の箸を持つ手はピシリと止まってしまった。
突如、壁から艶やかな女性の声が聞こえてきたのだ。
防音シートを貼ったのに防音出来ないなんて、どういうことか。隣の部屋にいる二人はどれだけ大きな声で騒いでいるのだろう。
「お願いでございます。子種を、子種を注いでくださいまし」
「ぶっほぉっ!」
壁越しに聞こえた女性の衝撃発言に、飲んでいた冷茶を吹いてしまった。
防音シートの効果が無かったショックを吹き飛ばす破壊力。
鈴木君は学生、しかもまだ一年生。
そして、鈴木君といちゃついているのは、先日偶然出会したことがある彼女さんの声じゃない。違う相手だ。
浮気相手の女性は、まさかの学生結婚を希望しているのか。
もしや、彼女から鈴木君を奪うためか、確実に彼を手に入れるために言っているのなら怖すぎる。
「……何奴だ」
壁の向こうから聞こえたのは、衝撃的な発言を女性からされても全く動揺していない、とても静かで、低音の男性の声だった。
(あれ? 鈴木君の声はこんなに低かったかな?)
昨日、擦れ違って挨拶をした時に聞いた鈴木君の声はもう少し高かった気がする。違和感を覚えて首を傾げた。
「何奴だと問うている。我の部屋を覗く愚か者は」
“愚か者”と言われた瞬間、理子の抱いた疑問は吹き飛んだ。
(寝不足になったのは誰のせい? 模様替えすることになったのも、余計な出費をするはめになったのは誰のせいよっ!)
すくっ、と腰掛けていた椅子から立ち上がり、壁の穴を隠しているタンスの前へ向かう。
「……あなた、うるさいんですよ」
「なんだと?」
「毎晩毎晩盛りまくってうるさい! 私の安眠を妨害しないでよ‼」
言い放った勢いのまま、座布団を持った理子は、タンスと壁の間に僅かにあった空間に座布団を突っ込んだ。
……それが、壁の向こうの鈴木君との始まり。
***
ただでさえ憂鬱な月曜日。
土曜日と日曜日、二日間丸々休みがあったはずなのに、筋肉痛と寝不足で疲れが全く取れなかった理子は、月曜日の業務を終えた時点ですでに疲労困憊だった。
(今日も寝られなかったら、明日は倒れるかも。いっそのこと、上司の前で倒れてみるのもいいか)
不穏なことを考えながら、ふらつく足取りで自宅マンション入り口までやって来た理子は、上司以上にで今一番会いたくない人物を見つけてしまい、足を止めた。
「あっ山田さん、お帰りなさい」
マンション入り口から出てきた上下セットのスエット姿の鈴木君がにこやかに片手を上げる。
生活の時間が違う彼と、まさか顔を会わせるとは思わなかった。
気まずさで引きつりそうになる口元を動かし笑みを作る。
「鈴木君、こんばんは。あのね、昨日は……」
とりあえず、夜中に怒鳴ったことを謝ろうとした理子に、鈴木君は歯を見せて笑った。
「あー昨日はうるさくしちゃて、すいません。ちょっと、彼女と激しくしちゃって、今朝、上の階の人に怒らたんですよ。マジ反省したんで、今日から気を付けます」
「へっ?」
軽く頭を下げる鈴木君は、口では反省したと言っていても、大して気にしていないように見えた。
夜中に繰り広げられた騒ぎは二階にも聞こえていたとは。
上の階の人、いい仕事をしてくれましたありがとうございますと、内心上の階の住人に両手を合わせつつ、理子は曖昧な笑みを返した。
「これからは、朝までゆっくり寝られるのならいいか」
先程会った鈴木君はまだ外出から戻って来ていないし、今夜はぐっすり寝られそうだ。
歯磨きを終えた理子は、そろそろ寝ようかと室内灯のスイッチを切った。
夕飯の割引弁当を食べていた理子の箸を持つ手はピシリと止まってしまった。
突如、壁から艶やかな女性の声が聞こえてきたのだ。
防音シートを貼ったのに防音出来ないなんて、どういうことか。隣の部屋にいる二人はどれだけ大きな声で騒いでいるのだろう。
「お願いでございます。子種を、子種を注いでくださいまし」
「ぶっほぉっ!」
壁越しに聞こえた女性の衝撃発言に、飲んでいた冷茶を吹いてしまった。
防音シートの効果が無かったショックを吹き飛ばす破壊力。
鈴木君は学生、しかもまだ一年生。
そして、鈴木君といちゃついているのは、先日偶然出会したことがある彼女さんの声じゃない。違う相手だ。
浮気相手の女性は、まさかの学生結婚を希望しているのか。
もしや、彼女から鈴木君を奪うためか、確実に彼を手に入れるために言っているのなら怖すぎる。
「……何奴だ」
壁の向こうから聞こえたのは、衝撃的な発言を女性からされても全く動揺していない、とても静かで、低音の男性の声だった。
(あれ? 鈴木君の声はこんなに低かったかな?)
昨日、擦れ違って挨拶をした時に聞いた鈴木君の声はもう少し高かった気がする。違和感を覚えて首を傾げた。
「何奴だと問うている。我の部屋を覗く愚か者は」
“愚か者”と言われた瞬間、理子の抱いた疑問は吹き飛んだ。
(寝不足になったのは誰のせい? 模様替えすることになったのも、余計な出費をするはめになったのは誰のせいよっ!)
すくっ、と腰掛けていた椅子から立ち上がり、壁の穴を隠しているタンスの前へ向かう。
「……あなた、うるさいんですよ」
「なんだと?」
「毎晩毎晩盛りまくってうるさい! 私の安眠を妨害しないでよ‼」
言い放った勢いのまま、座布団を持った理子は、タンスと壁の間に僅かにあった空間に座布団を突っ込んだ。
……それが、壁の向こうの鈴木君との始まり。
***
ただでさえ憂鬱な月曜日。
土曜日と日曜日、二日間丸々休みがあったはずなのに、筋肉痛と寝不足で疲れが全く取れなかった理子は、月曜日の業務を終えた時点ですでに疲労困憊だった。
(今日も寝られなかったら、明日は倒れるかも。いっそのこと、上司の前で倒れてみるのもいいか)
不穏なことを考えながら、ふらつく足取りで自宅マンション入り口までやって来た理子は、上司以上にで今一番会いたくない人物を見つけてしまい、足を止めた。
「あっ山田さん、お帰りなさい」
マンション入り口から出てきた上下セットのスエット姿の鈴木君がにこやかに片手を上げる。
生活の時間が違う彼と、まさか顔を会わせるとは思わなかった。
気まずさで引きつりそうになる口元を動かし笑みを作る。
「鈴木君、こんばんは。あのね、昨日は……」
とりあえず、夜中に怒鳴ったことを謝ろうとした理子に、鈴木君は歯を見せて笑った。
「あー昨日はうるさくしちゃて、すいません。ちょっと、彼女と激しくしちゃって、今朝、上の階の人に怒らたんですよ。マジ反省したんで、今日から気を付けます」
「へっ?」
軽く頭を下げる鈴木君は、口では反省したと言っていても、大して気にしていないように見えた。
夜中に繰り広げられた騒ぎは二階にも聞こえていたとは。
上の階の人、いい仕事をしてくれましたありがとうございますと、内心上の階の住人に両手を合わせつつ、理子は曖昧な笑みを返した。
「これからは、朝までゆっくり寝られるのならいいか」
先程会った鈴木君はまだ外出から戻って来ていないし、今夜はぐっすり寝られそうだ。
歯磨きを終えた理子は、そろそろ寝ようかと室内灯のスイッチを切った。