くたびれOL、魔王様の抱き枕を拝命いたしました!?
 ウォルトが案内してくれたのは、大通りから一歩外れた場所に建つ、石造りの壁と赤色の屋根の規模の大きい建物だった。
 この宿屋は、一階が食堂になっていて、二階が宿泊施設という造りの大衆向けの宿で、夕暮れ時ということもあり宿泊客と食事目当ての客で賑わっていた。

「ほぉーこれが……ファンタジーね」

 建物内に入る前から理子は目を輝かす。
 宿屋の受付カウンターの奥、食堂部分には木製のテーブルと椅子が並び、夕食を食べている人々の楽しそうな声が聞こえる。
 賑やかな空間は二日ぶりくらいなのに、懐かしくて安堵した。 

「ファン? 特に珍しくもない普通の宿だと思うが? あぁ、食堂の飯は旨いぞ」
「美味しいなら夕飯は食堂でいただきます。お風呂は大浴場ですか? あとお手洗いは共同?」

 宿屋の宿泊者名簿への記入を終え、理子は宿の施設についてウォルトを質問攻めにしていた。
 宿内に浴室があるなら、夜間外へ出なくて済むから助かる。

 ファンタジーゲームでは、カウンター越しに店員と会話した後は効果音が鳴って夜が明けるから、宿泊手続きを済ませた後にこういうやり取りが出来るだけでも楽しい。

「大きいかは分からんが、男女別れた風呂があるな。本当にリコはこういった宿には泊まった事が無いのだな」

 呆れ混じりで言うウォルトを、理子は「ええ、まあ」と笑って誤魔化す。
 現代日本では、こういった宿屋を探す方が大変だと思う。


 部屋の鍵を受け取り二階へ移動しようかという時、二階へと続く階段からパタパタ軽い足音が聞こえて理子はそちらへ顔を向けた。

 階段を駆け下りてきたのは、朱色の髪を高い位置でツインテールにした背の低い女の子。
 膝上15センチくらいのミニスカートから覗く美脚が眩しい、顔立ちは少しきつめだが猫目が可愛い。

「ちょっとウォルト! どこに行っていたのよ!」

 少女はつり目がちの茶色の瞳をさらに吊り上げる。

「ああ、悪い。ちょっと人助けをしていたんだ」

 全く悪いとは思っていないウォルトの口振りに、少女は大袈裟な溜め息を吐いた。

「あんたまた……その子は?」

 少女のウォルトを睨み付けていた視線が、横に立つ理子へと移動する。
 吊り上がっていた目が、息を飲む音と一緒に大きく見開かれた。

「酔っ払いに絡まれてた子だ。宿を探していたから連れてきた」
「あんたねぇ」

 眉間に皺を寄せた少女は、ビシッと理子を指差した。

「ねえ、貴女。名前は?」

 理子より背が低い少女が、少々控え目な胸を張って上目遣いで見てくるのは猫みたいで可愛い。
 彼女からは、ファンタジーゲームキャラにいそうな魔法使いのお嬢さん、といった印象を受けた。
 大柄な傭兵と小柄で強気な魔法使いの女の子は、よく描かれる組合せだが実際目にするとバランスはいいかも。

「私? 私は、リコ・ヤマダです。ウォルトさんのお陰で、本当に助かりました」

 丁度、目の高さにある少女の頭を撫でてしまいたい衝動を抑え、理子は丁寧に頭を下げる。

「リコね、私はエミリアよ。一応、魔術師なの。リコのジョブは? この町には何しに来たの?」
「ジョブ? 私は冒険者ではなくて、仕事が休みになったから観光をしに来たんです。だから、ジョブって会社員かな?」

 予想通りエミリアは魔術師だった。
 ジョブの意味が職業というなら、理子の職業はこの世界の言葉であるか分からない。会社員かOLという職業はあるのか分からない。冗談でも魔王様の抱き枕とは言えない。

「ふーん、よく分からないけどこの町には観光に来たのね? この宿屋は男女別の部屋に生るのよ。むさ苦しい男は女性フロアには入れないルールだから、わたしが貴女を部屋まで送るわ。ウォルトは、テオドールが待ってるから早く戻りなさいよ!」

 見た目は小柄な少女なのに、エミリアは勢いよく一気に喋り通した。
 エミリアの通る声に、周りに居た宿泊客も何事かと振り返る。
 彼女の有無を言わせぬ勢いに押され、理子はコクコク頷いた。

「あ、ああ。じゃあ、リコまたな」

 あっち行けとばかりにエミリアは右手で「シッシ」とウォルトを追い払う仕草をする。
 苦笑いを浮かべるウォルトの表情に、気の強い少女と旅をしている彼の日々の苦労が少しだけ分かった気がした。


< 82 / 153 >

この作品をシェア

pagetop