くたびれOL、魔王様の抱き枕を拝命いたしました!?
 馬車に乗るのが初めての理子は、煉瓦で舗装された道を行くガタガタ揺れる振動が新鮮で、瞳を輝かせて幌の隙間から見える海沿いの景色を眺める。

(あの人達、ずっとこっちを見ているな。お目当ては、まあそうだろうな)

 外の景色を眺めながら馬車に乗る女性グループをこっそり見ていた。
 旅装束の若い四人の女性達は皆、腰に細身の剣や鞭、杖を挿しているから冒険者か。
 彼女達の視線は一様にテオドールを凝視しているのだ。

「エミリアちゃん、エミリアちゃん」

 理子は小声で、隣に座るエミリアに耳打ちする。

「テオドールさんってモテるんだね。さっきからあちらのお嬢さん達が熱い視線を送ってるよ」

 今気づいたという風に、エミリアは女性達をジロリと見る。

「ああ、いつもの事よ。リコも惚れたの?」
「惚れたって、美形だなって思うよ。でも、美形は観賞用に限るかな。テオドールさんって王子様みたいね」

 さらさらの金髪に青い瞳、スラッとした痩身の男性が近くに居たら、そりゃあ注目されて当然だ。
 人外美貌の、色気の塊みたいな魔王のおかげで美形耐性が付いてなければ、理子でも彼に見惚れていただろう。

 女性達の熱い視線を送られているテオドールは受け流しているし、隣のウォルトも特に気にしてもいないようだ。
 ヘラリと理子が笑えば、エミリアは目を丸くする。

「リコって変わってるよね」

 つまらなさそうな口振りなのに、エミリアの表情は何処か楽しそうだった。


 乗り合い馬車が到着したのは、小高い丘の上に建つ白亜の神殿だった。
 元の世界でいう、古代ギリシャの神殿に似た白い石造りの神殿は観光客向けにきちんと整備され、観光客が馬車から下りるとガイド役の男性が近寄って来た。

「あれ? 行かないの?」

 遺跡の中へ入り、ガイドに先導される観光客とは逆の方向へ向かおうとするテオドール達へ理子は声をかけた。

「俺達はこの先から地下へ潜る。遺跡には観光じゃなくて調査に来たからな」

 ウォルトが指差す方向は規制の柵が置かれており、観光客が入れないようになっていた。
 この柵の奥に地下への階段があるのだろう。

「馬車が町へ戻る時間には間に合わないと思うから、君は俺達を待たずに先に帰ってくれ」

 今までは優しげな青年の顔をしていたテオドールの表情が、引き締まった戦士の顔へと変わる。

「リコ、自警団がいるとはいえ、人気の無い場所には近寄るなよ。あと、立ち入り禁止区域には近寄るなよ。魔物が出るからな」
「ウォルトあんた何時からリコの父親になったの? さっさと仕事を終わらしてくるから、リコは観光を楽しんでね」

 片手に杖を持ち、ツンデレ少女から魔術師の姿となったエミリアは自信満々に胸を張った。



 ***



 神殿を警備する兵に領主からの依頼書を見せ、地下へ続く階段を降りれば上とは雰囲気がガラリと変わる。
 苔の生えた石壁と地面は剥き出しの土という、カビ臭いダンジョンとなっていた。
 ほとんど光源がないため、エミリアが魔法の明かりを灯す。
 魔法の明かりは便利だが、魔物に此方の居場所を知らせてしまう欠点がある。

 ダンジョン内の空気がざわめくのを感じ、テオドールはすぐに対応出来るようにと腰に挿した剣の柄に手を当てた。
 ふと、先を行くウォルトの歩く速度が速い事に気付く。
 見た目に反して慎重に行動するウォルトが、急ごうとするとは珍しい。

「ウォルト、リコが気になるか?」

「あ、いや、俺達が動いたのがきっかけで、上で何かあったら危ないだろ? 魔族が乗り込んで来るかもしれないし」

 テオドールに指摘されて気にしているのに気付いたのか、ウォルトは明らかに動揺した。
 ウォルトの様子に、テオドールは違和感を覚える。
 いくら情に厚い男とはいえ、昨日知り合ったばかりの女をここまで気にするのは、少しばかり妙だった。

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