くたびれOL、魔王様の抱き枕を拝命いたしました!?
「魔方陣!? 待てウォルト!」

 空間の地面に黒く焼き付いて描かれていた模様に気付いたテオドールは、黒い塊に近付こうとするウォルトを静止した。


「やっぱり……」

 魔方陣を確認して、エミリアは諦めに似た思いで呟く。

 まだ見習い魔術師だった頃、慕っていた師匠の書庫にあった古文書でこれと似た様な魔方陣を見た記憶があったのだ。
 旅へ出る前、慕っていた師匠は王宮御抱えの魔術師であり、国内で最高位の魔術師長だった。


「これは……」

 魔方陣の内部に有った塊の側へ、魔方陣に入り込まないように慎重に近付いてみればうつ伏せに倒れている人だと分かり、テオドールは息を飲む。

 倒れていた者達の髪はほとんど抜け落ち、目玉も失われた顔や全身の皮膚は干からびて黒くなっていたのだ。
 身体中の水分が抜かれてしまい、枯れ木の状態になっている者は十人。皆、焦げた鎧を身に付けていた。

「この者達、この鎧の紋章、まさかっ!?」

 焦げてしまってはいたが、テオドールには干からびた者達が身に纏う鎧には見覚えがあった。
 とある王宮騎士団に所属した者のみが身に付けられる、王国の紋章入りの白銀の鎧。
 ということは、禁術を使いアンデット達を甦らせるよう命じたのは、かつての祖国。
 国王か、王に準ずる立場の者が首謀者だということになる。


 グキャアァア!!

 魔物の咆哮と共に、呆然としていたテオドールの足元が激しく揺れる。

「くっ!?」
「きゃあっ!?」
「地震か!?」

 続く揺れに、テオドールとエミリアは地面に片膝を突いた。
 大剣を地震に突き刺して、ウォルトは何とか堪える。

「これが甦らせたモノ? 面倒くさいのが来ちゃったわよ!!」

 杖を支えにして立ち上がったエミリアが、二人に向けて防御魔法と補助魔法を重ねてかけた。

 揺れが収まり魔方陣の文字が紫色に妖しく発光し始め、テオドールは片足を踏み入れていた魔方陣から退く。

 パアアアー!

 テオドールが退いた瞬間、魔方陣から紫色の光が真上へ溢れだし大きな柱と化す。
 強烈な紫色の光の中、巨大な鱗を持つ何かが姿を現し出した。



 ***



 地面の下から突き上げる揺れを感じ、ガイドに案内されて神殿を見学していた観光客からは悲鳴が上がった。

「地震!?」
「きゃあー!!」

 続く揺れに、天井からパラパラと砂が落ちてくる。
 地震で神殿が崩れるのではないか、という恐怖でパニックに陥った観光客達は横にいる人を押し退け、我先にと出口へと走っていく。

 中年女性に突き飛ばされたガイドの男性が、よろめきながら立ち上がった。

「み、皆さん、大丈夫ですから、慌てず外へ出てくださいっ!」

 ガイドの男性の言葉を誰も聞かず、観光客に遅れを取りつつ男性も出口へと走り出した。

 脱兎のごとく走っていく人達に押されて、尻餅を突いた理子は逃げる観光客の後ろ姿を唖然と見送る。
 学校、会社での避難訓練のお陰で比較的冷静でいられた理子は、身を屈めて揺れが収まった後に出口へと歩き出した。


 ―ツヨイ、マリョクダ。ワレ、ホッスル―

 地面の下から、なんとも形容出来ないくぐもった声が聞こえた気がして理子は足を止めた。
 気のせいではない、直感で分かった。

 この声は、よくないモノの声だ。絶対に応えてはいけない。早く神殿から出なければ、危ない。

 頭では足を動かそうとするのに、動かそうとすると急に気分が悪くなってきて、理子は口元を手で覆う。
 動けずにいるとナニかが地面から立ち上って来て、理子の足に絡み付いてくる。

「な、に?」

 気持ちの悪い黒い蔦のような影が足に絡み付き、這い上がって来るのがわかり理子は逃げようと足を動かした。


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