くたびれOL、魔王様の抱き枕を拝命いたしました!?
 ドラゴンゾンビ、ツギハギされたドラゴンの、赤い鱗と青い鱗の双頭が大きな口を開けて理子に狙いを定めた。

「いやあああ!」

 地面を揺らし、体から腐敗臭を撒き散らすドラゴンゾンビが迫ってくる。

 紫色の粘液を垂らした、あんな気持ちが悪いモノに頭から食べられるだなんて。
 逃げたくても上から落下した際、痛めた右足首が痛くて逃げられない。

 杖を構えたエミリアが何か叫んでいるが、恐慌状態の理子の耳には届かなかった。

(どうしてこんな怖い目に遭わなければならないの? ただ、私はのんびりお盆休みを過ごしたくて、異世界を観光したかっただけなのに!)

 恐怖に支配される理子の脳裏に、口に出さないようにしていた彼の名前が浮かぶ。

(やだっ! 怖い! 助けて!)

「シルヴァリス様!!」

 呼んでしまったら彼は来てしまう。
 分かっていたからこそ、一人寝で寂しいと思っても口に出さないようにしていた名前。
 彼の口に出したら、捕まってしまうから。
 魔王の名を叫んだ瞬間、理子の瞳から涙が溢れた。
 


 ーグキャッ!?ー

 理子に喰らいつこうとしたドラゴンゾンビは口を大きく開いたまま、勢い良く顔面から見えない壁に激突する。

 ドカンッ!!

 そのまま見えない壁に弾き飛ばされ、ドラゴンゾンビの巨体は洞穴の硬い壁にめり込んだ。
 呆然と口を開けて固まる理子の上に影が落ちる。


「ようやく呼んだな」

 耳に心地好く響く、落ち着いた低音の声はとてもよく知った相手のもので。
 腐敗臭で麻痺していた理子の嗅覚が、仄かな花の臭いを感じ取る。
 ポロポロ零れる涙を拭うこともせず、理子はゆっくりと顔を上げた。

「シル、ヴァリス様?」

 顔を上げれば、洞穴には似つかわしく無い人外の美貌と燐光を放つ銀髪の青年、黒いマントを羽織って威厳を増した魔王様がいた。

(本当に、来てくれたんだ。嬉しい……でも)

 何度も目を瞬かせて理子は魔王の存在を確認する。
 口と目を開いて見上げる理子に、シルヴァリスはフッと微笑んだ。

「本当にお前は、手がかかる女だな」

 流れるような動作で身を屈めたシルヴァリスは、地面に座り込む理子の太股と肩へ手を伸ばして、流れるような動作で横抱きにした。

「外は、楽しかったか?」

 制止する間も無く抱き上げられた理子は、耳元で囁かれたシルヴァリスの言葉の裏に冷たいものを感じ取り、助けて貰えた安堵から一変して寒気を覚えた。

 驚愕の表情で此方を見つめる冒険者三人の無事を確認することも、シルヴァリスの登場に困惑する彼らの視線に応えることも出来ず、理子は自分を抱く腕にしがみ付いた。


 ーグギャアア!!ー

 吹き飛ばされ岩壁にめり込み、一瞬だけ気絶していたドラゴンゾンビが意識を取り戻して怒りの咆哮を上げた。
 岩壁を削りながら起き上がり、自分を吹き飛ばした相手、魔王へと怒りに満ちた二つの双眸を向けた。

「魔族の貴方!! 油断しないで、そのドラゴンには魔法攻撃はあまり効果が無いわ!」

 声を張り上げたエミリアへ向けて、シルヴァリスは冷笑を浮かべた。
 間近で見た理子も寒気を感じるくらいの冷たさを持つ冷笑だった。
 それを、直接向けられたエミリアの肩がビクリッと揺れる。

「ドラゴンだと? アレは死体を継ぎ合わせたキメラだ。一緒にするな、汚らわしい」

 吐き捨てるように言うと、シルヴァリスの周りに闇色の魔力の渦が生じる。

 ーグギャァアア!!ー

 怒りのまま、シルヴァリスへ向かっていくドラゴンゾンビの体を闇色の霧が包み込んでいく。
 闇色の霧の中、無数の稲妻が生じてドラゴンゾンビに襲いかかっていった。

 ーグガア!!ー

 体を外と内、両方から焼き尽くそうとする稲妻から逃れようと、暴れるドラゴンゾンビの周囲を包む闇色の霧が鱗の隙間から体内へと入り込む。
 体内へと入り込んだ闇色の霧は、細胞内へ入り込み細胞を破壊していった。

 ーギャアアアア!!ー

 稲妻による火傷、闇色の霧による細胞破壊でドラゴンゾンビの体は黒ずみ炭化していく。
 悲鳴を上げることも出来ないまま、最後は灰と貸した。

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