くたびれOL、魔王様の抱き枕を拝命いたしました!?

その変化は反則です! 変化する関係

 水の街ステンシア。

 人族と魔族が争っていた暗黒時代に一度街は海に沈み、その後、再建された街が現在のステンシアとなる。
 暗黒時代の戦いで削られた大地は面積が少なく、路地の代わりに水路が造られていった。
 水路のいたる場所に、広い水路の渡し船や手漕ぎボートが設置されており、荷車代わりのイカダも水路を行き交う。
 幻想的な街並みと豊富な魚介類を使った料理を目当てに、季節を問わず訪れる観光客も多い。
 沈みかけた夕陽に、水路の水が茜色に染まる美しい景色も、この街の名物の一つだった。
 しかし、多くの観光客が橋の上から眺めている景色をゆっくり見る余裕など、理子には無かった。


「リコ、どうかしたのか」

 隣を歩くシルヴァリスに声をかけられて、理子はビクッと肩を揺らす。

「う、ううん? 何でもない」

 何でもない訳はない。何故ならば、理子が動揺する原因となっているのは隣を歩くこの男なのだから。

 魔王の彼はそのままの姿では目立つから、ステンシアの街中で人に紛れるようにと、強力な魔力を耳飾り型の魔封じの魔道具で抑え、輝く銀髪は黒に近いグレーに、鮮血のように赤い瞳は落ち着いた橙色へと、色彩を変化させていた。
 今まで人外の美貌だったから一歩退いていられたのに、今の姿が人の範囲内の美貌となったせいで、理子の心は乱れて落ち着かなくなっているのだ。

(ただ、色合いが違うだけ! 姿形は一緒!)

 直視するだけで赤面してしまう理子は、必死で自己暗示をかけようと念じる。
 色が変わっても他は一緒だから、人としても十分過ぎるくらい美形で困るのだ。


「あらー! お兄さん、男前だねぇ! 新婚旅行かい?」

 水路に沿った路地を歩いていると、店頭で客の呼び込みをしていた恰幅の良い中年女性が声をかけてくる。

 声をかけられるのは何度目か。
 人の中に紛れてみても、シルヴァリスの容姿は目立つため商売人に声をかけられるのだ。
 女性グループから声をかけられたシルヴァリスは、彼女達を一睨みをして退散させた。それ以降、女避けなのか理子を抱き寄せて歩いている。

「まぁ、そんなところだな」

 女性は相手にしなかったのに、何故か商売人から声をかけられるとシルヴァリスは相手をするのだ。
 貴方はそんなにフレンドリーなキャラクターではないでしょう? と問い詰めたくなる。

「新婚さんじゃあ、うちの生搾り薬膳ジュースを飲めば精がついて元気になるよ! 今夜あたり奥さんも元気な子を授かるかもね!」

 あはは! とシルヴァリスの肩を叩いて、豪快に女性は笑う。

「ほぅ、貰おうか」

 無礼者が! と怒り出すのでは無いかと、怒り出したら自分が止めなければと冷や冷や見ているのに、当のシルヴァリスは薬膳ジュースの試飲を受け取っている。

「ちょっと!? むがっ」

 何、ちゃっかり試飲させてもらっているの! と止めようとした理子の口元へ、薬膳ジュースが押付けられる。
 半開きだった口から、緑色で黄色の粒々が入った薬膳ジュースが流し込まれた。

 物凄く苦く、青汁以上の苦さに酸っぱさが混じる、とんでもない味のジュースを喉が飲み込むのを拒否する。
 飲み込んだ後の舌に残るピリピリした刺激に、理子はごほごほ咳き込んだ。

「奥さんは、精がつくのは不満か?」

 涙目で咳き込む私の耳元で意味深に囁かれて、理子の頬は一気に赤く染まった。

 真っ赤に染まったのは、変なジュースを飲まされて噎せたのも、耳元で変な事を囁かれたのもあったのだが……
 分かってしまったのだ。シルヴァリスが商売人達をスルーしない理由が。

(もしかして、新婚さん、旦那さん、奥さんって言われて喜んでるのー!?)

 商売人達は、理子がくっついているのに気付いて「新婚さん」と聞いてきていた。
 我が儘を言って、観光に付き合わせてしまったかと心配していたが、どうやら彼なりに楽しんでいるようだ。


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