極上の愛に囚われて
『早く帰って休みたい』
そう言っておきながら、別の場所に向かうなんて……私は、悪い女だ。
安奈にウソを言ったのは、とても心苦しい。だけど、そうせざるを得ないから仕方がない……。
車窓に映る景色は駅前の華やかさからどんどん遠ざかっていく。タクシーは三十分ほど走り、人気のない路地の中で停まった。
代金を支払い、民家の明かりが漏れる路地を歩く。建ち並ぶ家並みの中にある一軒の門扉を潜った。
夜目にも庭の有り様が分かる程度のガーデンライトが点り、入口まで私を誘う。焦げ茶色のドアを開くとチリンと小さな鈴の音が鳴った。
一歩足を踏み入れれば、一般の家とかけ離れた空間が広がっている。
明度を落とした照明、アンティークな色目のカウンターといくつかのテーブル席、「いらっしゃい」と愛想よく迎えてくれる髭のマスター、彼の後ろにある棚には何種類ものお酒の瓶が収められている。
ここはBAR『ブルーム』。
金曜の夜でも客がまばらなこのBARは、一見さまお断りのお店だ。住宅街にあるうえに看板もない。
ゆえに人知れず優雅な時間を過ごしたい人が集まってくる。