極上の愛に囚われて
切ない気持ちで見つめると、彼は私の頬に触れて困ったように微笑む。そんな顔を見たら、私はなにも言えなくなってしまう。
もう会うのは止そうと言われるのが怖い。
このわずかな逢瀬の時を失いたくない。
だから切なさを隠して微笑むのだ。
「大丈夫……ひとりで帰れるから」
「いや、送っていくよ」
何度もこのBARに来ているけれど、彼が支払いをする姿を見たことがない。会計はまとめて請求されるのだろう。
BARの請求書はどこに送られるのかわからないけれど、奥さんに知られる心配はないのかな……。
知られたらどうなるのか。私の望む方向に進めばいいけれど、多分そんなことは起きないのだ。
外に出ると建ち並ぶ民家の灯りも消えがちで、真夜中と言える時刻になっていると分かる。門扉を抜けると少し先にタクシーが停まっていた。
彼が手慣れた様子で行き先を告げると、車が滑るように走り出す。
ここから数十分はほぼ無言だけれど、彼は私の手をそっと握ってくれている。
ぐっと唇を結んだ横顔はなにかに堪えているような雰囲気で、私も話しかけることをためらってしまう。