極上の愛に囚われて

 約束時間の少し前に料亭の秋山に着いた私は、女将さんに部屋まで案内されている。古民家を改造した料亭内は、そこかしこに坪庭がしつらえて有る。

 彼と来たときもこんなふうに女将さんに案内されたな……なんて、感傷に浸ってしまう。

 これではいけない、と必死に気を引き締める。

 涙は流れないけれど切なさに顔が歪んでいるから、さぞかし醜い顔になっているはずだ。せっかくのお洒落が台無しになる。

 綺麗な私を見てもらうために美容院に行って髪を整えて、新しいワンピースを着てきたのだ。

 笑顔でいようと思う。

「こちらで、お連れさまをお待ちくださいませ」

 部屋の中に入ってホッと胸をなでおろした。

 女将さんが案内してくれたのは、彼と来たときとは違う部屋だった。同じような和室だけれど隣室との境が襖だし、縁側から見える坪庭の木が異なる。

 ここならば、彼を待つ間に過去に思いをはせて、切なくなることはない。

 けれど、これから彼が来て始まるであろう別れ話を思うと、胸が張り裂けそうになる。

 覚悟はしているのに。

「今日は少し暑いですね。窓を開けておきましょうか」
「え、はい。ありがとうございます」

 お茶をいれてくれた女将さんが縁側の窓を少し開けてくれる。爽やかな風が入ってきて、緊張で熱っぽくなった肌を冷やしてくれる。
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