死んだはずの遠藤くんが教室に居る話
 あと10分で授業が終わる。簡単な帰りのHRと部活を終わらせて帰るまで、雨が降らなかったらいいなと思いながらまた窓の外を見ていると、ふわり柑橘系の空気が僕の鼻をくすぐった。

「放課後さ、一緒に机の落書き消さない?」
 前の席の北沢が先生の隙を狙って振り返り、僕の顔を睨むように早口で言う。
 頭脳明晰でリーダーシップのある学級委員長。ふんわりとしたショートボブの下、丸い目が輝いている。

「僕?なんで?」
 いきなりの指名に声が裏返る。
「人の良い内田くんは頼まれて断らないと信じてる」と、当然のように早口で答えてきた。
「断ることもある」
「同じ部活仲間として」
「パートが違う。北沢は木管で僕は金管」
「じゃ委員長命令」
 うわパワハラじゃん。
「先生がやればいいんじゃね?」軽く言うと「そうじゃなくってさ」ってイラっとされてしまった。
 女子怖い。
「私が前の席にいる不幸を呪って」
 北沢はそう言い残してすぐ前を向き、話を終わらせてしまったようだ。

 部活前の仕事増えたー。
 力を落としていたら、右隣から坂井のザマミロ目線が飛んできたので、視線を避けて遠藤くんの机に目を落とす。

 たしかに
 あまり気持ちいいものじゃない。

 どうせ頑張っても元に戻らないから、北沢を説得して机を撤収した方が早いだろう。遠藤くんはもういない。その方がいい。それでも納得しないなら、さっさと逃げ出そう。

 でも
 そんな机を遠藤くんは使っていた。

 たまに話もしたっけ。
 影も薄かったけど、悪い奴じゃなかった。
 約束を覚えているだろうか……。

 そんなことを思っていたら、急に後ろの扉が開いて教室の温度が下がる。

 なんだろう
 上手く言えないけれど、さっきまでのだらけた暑さが湿度だけそのまま維持で、首筋にピタリと氷を当てられたような冷たさを感じ開いた扉を見ると。




 遠藤くんがそこに居た。
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