策略家がメロメロ甘々にしたのは強引クールなイケメン獣医師
 初診は、人間の病院のようにオーナーに問診票を記入してもらう。

 今、私が入っている診察室では、問診票の記入を見ながら、事細かに問診をしていく。

 まるで、その患畜の歴史を紐解くような、それは長い長い作業が続く。

 それが済んだら、次は人間の病院の健診と同じような検査。

 けっこう時間がかかる。

 長い問診を終えて、診察室を出てスタッフステーションにいる院長に報告した。

「ありがとう。新規の問診、初めてにしては上出来だ」
 
 にこって笑ってくれるから、嬉しくて『ありがとうございます!』が、部屋いっぱいに大きく弾む。

 カルテに目を落としながら院長が、ゆっくりと歩き出して、診察室に入ったのを見送った。

「どんな性格かわからない初診の猫に、診察室に入った途端、よく手なんか出せるな」

 おっ、びっくりした。
 ブラインド越しに、様子を見ていた卯波先生が話しかけるから。

 そんな言葉が、まさか獣医師の口から出るとは思わなかったから、それも驚いた。

「猫は、前肢の鋭い爪を食い込ませ押さえ込み、後肢で猫キック。口は鋭い牙で、皮膚に穴を開けるほど深く噛みつく。犬より武器が多いのに、よく容易に撫でられるな」

 ぽかんとしてしまう。そんなこと考えもしないで、いきなり撫でていた。

「初診じゃなくても猫は、なにをしてくるか予測不能だ」
 ぶつくさ言いながら、私の前を通りすぎる卯波先生の言うこともわかる。

 でも治療中に私まで手を離したら、混乱した猫がどうなる?

 超高速で診察室の壁を床をと、まるで大きな星を描くように右往左往、上下左右、縦横無尽に飛び跳ね回り、大波乱を巻き起こすの。

 それだけは阻止しなくちゃなの。

 卯波先生のときに、狂暴な猫の保定に当たったら、猫が暴れた瞬間、サッと手を引っ込められちゃいそう。

 必然的に私の手は、傷だらけになるってことだ。天を仰いで大きなため息が漏れる。

 お願いだから狂暴な猫の保定は、院長のときに当たって。

 そんなことを思いながら、薬棚の前まで行って待機する。

 しばらくして、診察室から院長が出て来た。

「診察終了、坂さん、よろしく」

 受付の坂さんにカルテを渡した院長が、「休めるときに体を休めろ、おいで」って声をかけてくれたから、診察台を消毒してからスタッフステーションに行った。

 院長が椅子に深く座り、私にも「座れるときに座れ」って促す。

 椅子に腰を深く沈めると、足がじんじん痺れる。
 やっと一息つけた。

「さっきの話だけどな」
< 10 / 221 >

この作品をシェア

pagetop