策略家がメロメロ甘々にしたのは強引クールなイケメン獣医師
「すらりとした細身の人でしたよ。髪が、こうさらさら長くて」

 胸もとで手をひらひらさせて、ジェスチャーで示した。
 いい香りがして、柔らかそうな髪の人だった。

「たしかに勢いはよかったです」
 私の体がくるりと回り、あまりの転びように、いつもはクールなサニーが慌てたもん。

「当たられて、どう転んだんだ?」
 さすが獣医師。事細かに聞いてきて、状況を把握したい様子。

 いつものように聞き上手だから、自然と説明ができた。

「あっ、唇。上唇の左側にほくろがありました。顔は、ちらっと見ただけだけど、特徴的なほくろは覚えてます」

 浅く頷く卯波先生は納得したみたい。

「よし、終わった」
「ありがとうございます」

「他に痛いところは?」
「ぶつかられたショックで心が痛いです」

「それは俺じゃなきゃ治せない。あいにく両手がふさがってる」

 早技で頬にキスをしてくれた。

「その手のジョークは俺の前だけだ。他の男に言うな、わかったか?」
「言いません」

「冗談でも言うな」
「わかりました」
「誓うか?」
「誓います」
 卯波先生って、院長が言った通りの焼きもち妬きなんだね。

「焼きもちなんか妬いていない。つまらない笑えないジョークだからだ、会話がしらけるだろう」

 また私の心を読む。頭の回転が早すぎて音が聞こえてきそう。

 可愛い焼きもちを妬いてくれるから、つい頬が緩んじゃう。

 診察台の上を片付けたら、卯波先生が話し始めた。

「フキの嘔吐が始まった。もう胃が空になるまで何回か嘔吐して、さっき黄色の胆汁を嘔吐した」
 お腹の下りには、血液が混じっているって。

「抑えきれずに嘔吐してしまうから、体力を消耗してしまい、かわいそうになる」
 哀しそうな瞳で見てくる。

「あんなに小さな体なのにかわいそう。嘔吐は全身の力を使いますから、疲れますしつらいですよね」

 かわいそうなのは卯波先生も。フキの気持ちにも触れているんでしょ、よけいにつらいよね。

「フキはつらい。でも吐き気止めも投与したから、少しは楽になれるはず。今夜が峠だな」

「大丈夫ですよね?」
「治すためにがんばっているんだ」
 いけない、また言ってしまった。学習能力のなさに自分でも呆れる。

 大げさではなくて、命がけでフキの命を救おうと懸命に努力をしているのに、大丈夫ですよねはダメ。

 これからは、気をつけて発言しないと。

「時間が過ぎている、上がれ」
「お疲れ様です、お先に失礼します」
「お疲れ、気をつけて帰れ」
「ありがとうございます」

 二、三歩進んで振り向くと、手元の資料に目を落とさずに見送ってくれているから、嬉しくて笑顔が抑えきれない。

「食べものの心配はいらない」
「よくわかりましたね」

 って、卯波先生が私の心を読んでいるのを、わかっているけれど言ってみた。

「なんとなく」
 もう、手元の資料に目を落としている。

 とぼけちゃって。
 オフにしないで、私の心を読んでいるくせに。

 卯波先生が大きな伸びをして、疲れた首をほぐすように何回か回している。

「ゆっくりと休め」
 卯波先生の方こそ休まないと、きついのに人の心配ばかりして。
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