策略家がメロメロ甘々にしたのは強引クールなイケメン獣医師
  隔離室をあとにして、待合室の掃除を始めたのに、卯波先生の姿も見えないのに。

 胸の高鳴りは、どきどきしたまま止まらない。
 嬉しかった、やっと私の家に帰れたんだもん。

 掃除が終わり入院患畜の世話をしていたら、院長と坂さんも出勤してきて、四人でミーティング。

 真剣な表情の卯波先生を見ていると、さっきの甘くとろけちゃいそうな熱い卯波先生とは別人みたい。

 動物の命をあずかる仕事なんだから当たり前か。私だって真剣だもん。

 それにしてもギャップがたまらない。

 ミーティングが終わると卯波先生が、「今日はルナの来院日だ」って微笑み交りの声で呟き、入院室へ向かって行った。

 ルナって初めて聞いた。とても嬉しそうな顔だった。どんな患畜なんだろう。

 私もあとを追いかけて入院室に行き、入院患畜の世話のつづきや、院長や卯波先生の補助をこなして、外来診察の準備を始めた。

 今日の朝イチの外来患畜は、少し特殊なケースだって坂さんが教えてくれた。

 問診なしで直接、卯波先生が診察室に入るんだって。

「卯波先生、ルナちゃん、お願いします」
 坂さんの声に、初めての診察のやり方が気になる。

「見学しておけ」って、院長の言葉に卯波先生のうしろをついて行くと、診察室のドアを開けた卯波先生の顔を見たとたん、まるで長年離れていた恋人と逢えたように、ルナがひんひん鼻を鳴らし始めた。

 この歓迎ぶりは、リスザルのモアとおなじ。

 卯波先生は、オーナーと挨拶をしながらルナを胸に抱いて、体重と体温を測定してカルテに記入している。

 ルナが仰ぎ見る潤んだ大きな瞳からは、今にも涙が溢れ出そう。
 ルナも私みたいに震えている。そんなに大好きで逢いたかったんだ。

 卯波先生、ルナと会話しているね。見つめ合っちゃって。

 そのあいだにカルテに目を落とした。パピヨンの四歳の女の子。
 経緯も記入してある。

 ルナは閉店したレンタルドッグ店から、今のオーナーが引き取って三年目だって。
 この子、仕事をしていたの?

 もともと犬は一頭のリーダーを決めて、リーダーに従って群れで生活する習性なのに。

 レンタルドッグ店だと毎回散歩する人が変わるから、犬はリーダーがわからなくなり混乱してノイローゼになる。

 気の毒にルナもだったんだ。

 入れ替わり立ち替わり現れるリーダーの言うことを、おとなしく従っていたかと思うとルナが健気で切ない。

 手荒く扱う人たちや、ストレス発散を目的の人たちもいたでしょう。
 ルナ、つらかったでしょう。
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