策略家がメロメロ甘々にしたのは強引クールなイケメン獣医師
 止めさせたいんだろうなとは、なんとなく想像がつく。

 なんせ、卯波先生の一方的な言葉だけしか聞けないから、話の状況まではつかめない。

 不機嫌な重々しい卯波先生の声は、イライラしている口調で、一気に詰め寄るような勢いで言葉が飛び出すから、別人みたいで驚いた。

 おお、凄い剣幕。

 顔まで真っ赤にして、額や首すじに青すじを立てていそう。
 それほど取り乱して怒って、卯波先生でも感情を爆発させることがあるんだ。

 搾り出すように言葉を口にしたと思ったら、また興奮して早口でまくし立てる。
 そんな繰り返しで(らち)が明かない様子。

 電話の相手に、何度でも食い下がる粘り強さは、卯波先生の真骨頂だね。
 仕事のときみたいに諦めないんだ。

 さて、もう行こう。揉めてるようだから、早く解決するといいね。

 自分の心を落ち着かせるために。それに言い聞かせるために、解決するといいねなんて軽く考えている振り。

 実際は、卯波先生の尋常じゃない荒れ方が気にかかって仕方がない。
 私まで深刻になってしまう。

 私に心配をかけたくない想いが強い卯波先生は、このことを私に話してくれる?

 それとも黙っているほうが、私を心配させないと思うのかな。

 結局、卯波先生には聞かずじまいで気になったまま仕事を終わらせ、不透明な気分で帰り支度を済ませた。

 帰り際、スタッフステーションに寄ったら卯波先生が、ちらりと私に視線を馳せてから院長に話しかけた。

 今日も、いっしょに帰れるよね。卯波先生が、寂しそうな目をして私の顔を見ていたから心細い。

 私がいたらまずい話なのかな。今日はいっしょに帰れそうにもない。

「失礼します」と、スタッフステーションの入り口のドアに手をかけて行きかけたら、背後から卯波先生の声で「ちょうどいい、いっしょに聞いていろ」って。

 私もいていいってことは、患畜の話なのかな。
 卯波先生が、話を切り出すまで待っていた。

「一週間前に美砂妃(みさき)が一時帰国した」

「早いな、あれからもう三年か。どうなんだよ、美砂妃ちゃんは元気なのか?」

 私にはわからない話を、わざわざ聞かせる卯波先生の気持ちがわからないよ。
 しかも女性の名前を呼び捨てって、どういうことなの。

「とりあえず、宝城の耳には入れておこうと思った」
 私の耳にも入れたじゃないの。
「待て待て、美砂妃ちゃんの話はそれだけかよ」
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