策略家がメロメロ甘々にしたのは強引クールなイケメン獣医師
 卯波先生の名前を呼んで、泣きながら眠りに落ちる毎夜。昨夜は、どれくらい眠れたのかな。

 カーテンの閉めが甘かったようで、隙間から光が入ってきて、私の目を覚ませた。

 また卯波先生が夢にでてきた。
 いつも私を見つめていたときの穏やかな笑顔で。
 ずるいよ、つないだ手の感触を、そのまま残して消えていくなんて。

 夢の中でしか私を愛してくれないのなら、永遠に眠らせておいて。

 時間が経てば落ち着く。そして自分の生活を取り戻せる。
 そう信じていたのに、離れていると想いは益々募り、大きく強くなっていく。

 支度を済ませて、無理やりにでも朝食を口に入れて、マンションのドアを開けたら、木枯らしが頬を吹きつけて痛いくらい冷たい。

 大好きだった冬が、今は苦手。
 色彩が失せて、なにもかもが灰色の風景の中に閉じ込められちゃうから嫌になる。

 あああ、考えることが悪いことばかり。
 激しく頭を振って、ネガティブな思考は打ち消さないと。

 ラゴムまで、ただ歩いていると卯波先生のことばかり考えてしまう。

 よし、頭の中を空っぽにするためにラゴムまで走ろう。
 運動音痴の私でもやればできるじゃない。

 息は切れたけれど。むせたけれど。足、がくがくだけれど。
 それって、できてないわ、思わず苦笑い。

 なんだって、どんな理由だろうと笑えただけでも進歩したよ。
 口角をニッて上げて、無理にでも笑おう。

 ラゴムに到着するのは、いつも私が一番乗り。
 白衣に着替えてサニーに挨拶をしてから、待合室の掃除を始めた。

「おはよう」

 うしろから聞こえてきた声に、掃除をする手を止めて振り返ると、私に挨拶をする間も与えず、院長がつづけて話を切り出した。

「昨日、久しぶりに卯波に会って来たよ」
 電話では、しょっちゅう話しているって教えてくれていたけれど会ったんだ。

 卯波先生は元気なの? 痩せた? 仕事は?

 瞬時に質問が次々に飛び出しては、頭の中でぐるぐる回る。

「お元気でしたか?」
 私の質問が聞こえていないの? 黙っていないで答えて。

 沈黙が長く感じているのは、私が答えを早く聞きたいからなの?
 待ちきれなくて、違うことまで聞いてしまう。

「どんな現状でも受け止めます。だから、卯波先生の本当の気持ちを教えてください」
 なに院長に聞いているの?

 院長が知るわけないじゃない。私ったら、どうかしちゃったの?
 そんなの百も承知なのに、言葉が止まらなかった。

 馬鹿な質問をしてと思いながら、院長に答えを期待してしまい、じりじり鳴りそうな歯を抑えて、唇を噛み締め、爪と爪を擦り付ける。

「元気だよ。違う、元気だった。それが正解か」

 意味深な言葉を投げかけて、心の準備をしておけみたいな、変な間を空けて院長がつづける。
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