策略家がメロメロ甘々にしたのは強引クールなイケメン獣医師
「最初はふつうだったのに、血行が止まったように、真っ青な顔になって倒れた」

 倒れた状況とか、そのあとどうなったとか、言葉は用意できたつもりなのに、急なことで頭が混乱して、切り出す言葉が出てこない。

 それどころか、驚きで心臓は激しく動悸がして、血の気が引いていくのがわかった。
 衝撃的な話に私も倒れそう。

「俺には、倒れたのは初めてだって言った。でも何度か倒れてるって、帰り際におばさんが言ってた」

「いつからですか?」
「秋口って言ってたな」
「院長になって、疲れてしまったのかな」
 心配で唇を噛み締めてしまう。

「奴はタフな男だ。そんなことで倒れることはない、今までもなかった」
 断言する院長の顔が、仕事中の顔つきに変わる。

 いつも院長は、誰よりも卯波先生のことを知っているように話す。
 私だって、卯波先生のことを知っています。

 なに考えているの、私。院長に八つ当たりしても仕方ないのに。

「倒れたきっかけが」
 そう言いかけた院長が、口を真一文字にして、なにか考えごとをしているように見える。

「緒花の様子を話したとたんだったんだ、俺のときはな」
 振られた私が倒れるのならわかる。

 どうして振った卯波先生が、私の話題で倒れるの?
 なにがどうなって、そうなったの?

「聞いてるか?」
「え?」
 聞き取りにくさに身を乗り出す。

 どうやら、院長の言葉が耳に入らないくらい考え込んでいたみたい。

「私の話って、どんな話ですか?」
 改めて質問した。

「俺が見てきたまんまの緒花の姿」
「秋口から、今までの私のことですか?」
「そう」

「卯波先生から聞いてきたんですか?」
「違う、患畜の話の流れ」

 心の片隅では、卯波先生が気にかけてくれていたらいいのにって、淡い期待を抱いていた。

 そんなはずもないのに、思い上がりも甚だしい愚かな私。

 今の私のことで体調を崩したってことは、以前に言っていた、オンとオフのコントロールをしていないってことでしょ。

 必要なときにしか、オンにしないんでしょ。相手の状態を知りたいときにだけ、オンにするって。

 振った私の現状なんか知りたくもないでしょ。
 なのに、どうして?
 なんのために? 知ってどうするの?

 エンパス体質もだけれど、性格でも『落ち込む時間がもったいない』が口癖みたいに言うほど、切り替えが上手だったじゃないの。

 その性格なら、体調を崩すなんてならないでしょう?

 今まで、ずっと『落ち込む時間がもったいない』って、余計なことは気にも留めないで、必要なことに時間を使ってきたんでしょ?

 こんなもったいないことに、時間を使わないでよ。
 私なんかのために、体調を崩さないでったら。
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