策略家がメロメロ甘々にしたのは強引クールなイケメン獣医師
 私のことなんか、どうだっていいんでしょ。
 体調を崩してまで、どうして私の心を感じとるの?

 卯波先生、今、私の心を読んでいますよね。
 オフにしてくれないと私の心は、よけいに苦しくなるんです。

 私が哀しんだりつらいと思ったら、卯波先生が体調を崩してしまう。
 こんな残酷なことってありますか?

 お願いだから。今、感じているでしょ、今すぐオフにして!

 私が冷静にしていないと、私の苦しみや哀しみのネガティブな思考は、卯波先生の体調を崩してしまう。

 それとも、私が苦しんでいるときは、卯波先生も苦しんでいるとでもいうの?

 這い上がることができない、谷底に突き落とされたようなつらく深い哀しみを、私と分かち合っているっていうの?
 
 私は体の半分を、もぎ取られたような魂を裂くような想いをしている。

 卯波先生も、胸が締めつけられてやりきれないの?

 まさかオンにして、卯波先生も体の半分をもぎ取られたような想いをしているの?

 もし、そうなら、どうしてそんな無駄なことを......

「急に黙り込んで顔色が悪い、大丈夫か?」
「卯波先生の体調が悪いってなったら心配しますでしょ、ただ、それだけです」

「無理するなよ、緒花は心配だ。卯波は学生時代から心身ともにタフなんだよ。本当、倒れるようなヤワな奴じゃないのに」

 変だって、院長が首を傾げる。

 卯波先生と約束した二人の秘密だから、エンパスのことは院長に言えない。

 卯波先生も、院長にさえ話していないんだ。

 誰にも言えずに、ひとりで抱え込むことが苦しい。こんなにも、つらいだなんて。

 卯波先生も、私とおなじ想いで苦しんでいるっていうこと?

 私は卯波先生を忘れなくちゃいけないのに、卯波先生は忘れさせてくれない。

 こうして、卯波先生のことばかり考えてしまい、何度となく孤独と絶望の底に投げ込まれる。

 私の心は、絶望と哀しみと苦しみの感情以外、ほとんど感じられなくなっていたのに。

今、この瞬間からネガティブな感情を抱いてはいけない。
 倒れて苦しむ卯波先生を、これ以上苦しめたくない。

 もう私の記憶の中から、早く消えて消えて消えてったら!

 胸を締めつける、卯波先生のイメージを激しく頭を振って打ち消す。
 
「私には、患畜たちが待ってます。あの子たちにとって、頼りになるのは私だけです」

「掃除が終わったら入院室に来いよ、待ってる」

 私を居心地よく包み込んでくれる、大好きな動物たちに癒されて、仕事モードに切り替えなくちゃ。

 これっぽっちも無理なんかしていない、私はがんばれる。今日も一日乗り越えられる。
 
 さあ、入院室に行こう。
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